世間は狭いが役に立つ

世間は狭いが役に立つ

たまたま知り合った人が、別のところで出会った人と意外なつながりをもっていたり。

昔からよく知っている人と共通の友人がいたり。

そんなことがあるたび、世間は狭いと感じます。

 

そうやって知人・友人のつながりをたどっていけば、たった6ステップで、世界中のすべての人が結ばれるといいます。

それが世に言う「6次のつながり」、あるいは「スモールワールド現象」。

 

でも、ちょっと待って。

6次のつながりで、たとえばアメリカ大統領とも、徳川家康ともつながることはできるでしょう。

そうだとしても、そんなに嬉しくない気がします。

それよりも、もっと身近な人との縁がつながるほうが、すくなくともわたしは嬉しい。

 

この違いはなんでしょうか。

 

縁とは、すなわち円。

誰かとのつながりが一方向の矢印ではなく、円環になっているからこそ、嬉しさが生まれる。

 

「情けは人のためならず」ということわざがほんらい意味していたように。

つながりが、輪になって自分のもとにもどってくることで、世界の小ささ、世間の狭さを感じることができるのです。

 

だから誤解を恐れずに言えば、世間は狭いが「役に立つ」。

 

もちろん、それが言いたかっただけではありません(笑)。

テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の最終回で、とりわけ好きなシーンがあります。

それは商店街主催の青空市に、いままですれ違っていた登場人物が集まり、意外な縁がつながっていくところ。

それが、神社という昔からの日本人の縁をむすぶ場所で起こったというのも象徴的に感じます。

 

いまの時代だからこそ、場所も世代も飛び越えて、縁をつなぐことができます。

 

さまざまな大きさの円。

さまざまなかたちの縁。

それらがたがいに重なったり、共鳴しあったりしながら、わたしたちの世界を満たしていきます。

 

 

Published by mizuho

文字遣い/探索士 ——策を練るのが策士なら、探索するのが探索士だ。

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