図書館で味わう装丁の世界 – アールデコの造本美術と本のヌード展

本の装丁といえば、まず本文の印刷された紙があり、それが少し厚手の表紙・裏表紙で包まれ、さらにカラー印刷されたカバーや帯がかけらる、といった形を想像することでしょう。

けれど、そうした本の定形は、実は20世紀に入ってから、ここ百年程度で確立されたものだったりします。

それ以前はカバーもなく、表紙すら本を手にした人がそれぞれに装丁をほどこすものでした。

かたちが確立したからこそ、かえって気にとめることが少なくなっている本の中身、それを存分に味わえる展示が日本の東西図書館で開かれています。

 

まずは東京、日比谷図書文化館にて令和元年12月23日(月)まで開催中の「アール・デコの造本芸術」展を紹介します。

特別展鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界 | 特別展 | ミュージアム | 日比谷図書文化館 | 千代田区立図書館

バルビエ、マルティ、マルタン、ルパップ ― アール・デコ四天王の作品が一堂に 会期:2019年10月24日(木)~12月23日(月) ※ 休館日 11月18日(月)、12月16日(月) 観覧時間:月曜日~木曜日10:00~19:00、金曜日10:00~20:00、土曜日10:00~19:00、日曜日・祝日10:00~17:00(入室は閉室の30分前まで) …

 

最寄り駅は東京メトロ日比谷線・千代田線の霞ヶ関駅、日比谷公園のそばです。

公園はなんだかすごい人だかり、鶴舞公園みたいですね!

その一角にある日比谷図書文化館は図書館とミュージアムを兼ねた施設のようです。

柱を守護するパイロンズ。

館内は撮影禁止ですが、フランス文学者の鹿島茂さんのコレクションから、20世紀初頭のアール・デコ時代の挿絵本が展示されています。

この時代、表紙は後で差し替えられるために意外と地味で、そのぶん本文の挿絵や扉絵が豪華になったよう。

レトリーヌという図案化された文字はロゴ・タイポグラフィ的にも楽しめます。

 

さて、次は関西、奈良県立図書情報館へ向かいましょう。駅からは少し離れていますが、JR奈良駅や近鉄新大宮駅から奈良交通バスが出ています。

図書展示「本のヌード展」令和元年11月1日(金)~12月26日(木) | 奈良県立図書情報館

図書情報館では、図書展示「本のヌード展」を開催します。さまざまな分野の方々が選んだ本を実際に触りながら、カバーと表紙のデザインのギャップの面白さや楽しみを、選者のコメントともに体感していただける展示です。 また、直木賞作家・大島真寿美さんの、造本までこだわりぬいた作品づくりを紹介するコーナーや、本づくりのプロセスをさかさまから学ぶ「本の解体展」もあわせて開催します。 …

こちらでは12月26日(木)まで「本のヌード展」という気になる名前の展示が開催されています。

以前に大阪の堂島にある本屋さん「本は人生のおやつです!」で開かれた展示だそうで、現代日本で普通にカバーをかけられて販売されている本を、あえてカバーを「脱がせて」楽しむというものです。

実際に本を解体するイベントなども開催されるそう。

祖父江慎さんが手がけた「胞子文学名作選」や「伝染るんです。」など、装丁に工夫を凝らした本も多数展示されています。

 

地元・大阪本が並べられたコーナーでは、読んだことがあるにもかかわらずカバーの下まで確かめなかったものもあり、思わず家に帰って「脱いで」もらいました(笑)。

 

どちらも、読むだけでない本の魅力を感じる展示でした。

 

旅と路線図と鳥瞰図 – たのしい路線図

観光や仕事で鉄道の駅を利用するとき、路線図の存在は欠かせません。

目的の駅までの乗り換えや、運賃、付近の観光案内まで。

普通の地図とは似て非なる機能性を持つ「路線図」の世界を味わう本があります。

日本全国、さらには海外の路線図がひたすら紹介され、ただ「いいねぇ」という溜息を漏らすのみです。

とくに首都圏など大都市部では、JRや私鉄・地下鉄など数多くの路線が入り乱れて、どうわかりやすく見せるかの工夫が求められます。

作り手が伝えたい情報と、乗客が知りたい情報、それぞれに応じて何種類もの路線図が使われることもあります。

たとえば先日、東京に行った際、渋谷駅でこのようなインバウンド向け路線図を見かけました。

何気なくツイートしたところ、わたしのアカウントにしては多くのRTがあって驚きました。

山手線より東京メトロや都営地下鉄大江戸線が目立つように描かれているのは、地下鉄の出入口付近だったからでしょう。

その山手線が楕円ではなく、上野や秋葉原のあたりで出っ張っているのはデザイナーの苦心のあらわれのようです。

このエリアは上野動物園のパンダや浅草雷門が描かれ、「Cultural Fusion」(文化の融合)と命名されています。

その他の地域も「Cool Tokyo」や「Night Life」などと色分けされ、なんだか日本地図の形にも見えてきます。

さらに東武スカイツリーラインの先には日光の三猿、京王線の先は高尾山の天狗が描かれるなど、細かいところまで見る人を飽きません。

 

これを見ていて思い出すのが、大正時代に一世を風靡した鳥瞰図絵師の吉田初三郎です。

紙上からはばたく、鳥瞰図の世界

初三郎は若い頃に描いた京阪電車の案内図が、のちの昭和天皇から「これは綺麗でわかりやすい」との評判を得たことで頭角を現します。

初三郎の鳥瞰図も、大観光時代を迎えた当時の日本で、実用品だけでも、美術品だけでもない、その土地を新しい視点で見るものとして受け入れられていったのでしょう。

現代は現代で、駅の案内図や路線図は機能性を重視しながらも、利用する人にわかりやすく、見やすいものを提供するという心は共通するものがあります。

そんな作り手の想いが込められているからこそ、時代や受け手が変わっても、路線図は見る人々の心を躍らせてくれます。

幸せの在処 – 幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!

東京都、渋谷区。

小田急電鉄小田急線と東京メトロ千代田線が乗り入れる、代々木上原駅の南口に、「幸福」という名を冠する本屋さんがありました。

 

約40年前、店主の岩楯さんは弟さんと二人で「幸福書房」という本屋をはじめ、

そして、ことし平成30年2月20日、時代の流れとともに、その歴史に幕を閉じる決断がなされました。

その40年間の記録を、ぜひとも本にしたいという出版社の熱意から、一冊の本が生まれました。

 

わたしが幸福書房を訪れたことは数えるほどしかないのですが、ちょうど、閉店の10日ほど前に東京を訪れる機会がありました。

既に閉店がひろく知られていたこともあるでしょうが、短い時間のあいだにも、引き切りなくお客さんが訪れ、店主と会話を交わしたり、ごく普通に本や雑誌を買い求めたり。

この街に住む、多くの人の日常のなかにあって愛されている本屋さんだと感じました。

 

朝から店を開け、閉店は23時。

晴れの日も雨の日も、雪の日も、正月を除き、本と向き合う毎日。

そんな日々が、40年。

 

ひとくちに言ってしまうけれど、それがどれだけ重いことか。

ベストセラーも、かつては飛ぶように売れたという雑誌も、みすず書房や白水社といった出版社の名書も。

どれだけの本がこの店を訪れた人の手に渡り、それぞれの本も人も、どんな年月を重ねていったことでしょう。

 

考えてみれば、本屋さんとは不思議なお店です。

売られている本は、どこでも同じ形、同じ値段のもの。

少部数の本はあれど、工芸品のように一点ものでもなく、食料品のように気に入ったからといって何度も買うわけではありません。

 

だからこそ、インターネットによる通販サイトや電子本の普及によって、本屋さんで本を買う理由が薄れていくのも仕方のない部分はあります。

 

けれど、まちの中で本屋さんの数が少なくなっていく時代だから、その場所でこそ買いたい本、出会いたい本はきっとある。

幸福書房の店主さんのように、口には出さなくとも、だれかがほかのだれかのためを思ってこそ、本は棚に置かれ、わたしたちの手元に届くのです。

そんなふうに、本と向き合える居場所こそ、幸せのあるところ、そんなふうに思います。

 

幸福書房さんを最後に訪れた日、顔見知りらしき地元の方と「最終日は夕方からのんびりビールでも飲みながら…」と語っていたのが印象に残っています。

本に挟みこまれた左右社さんの記録冊子「幸福書房最後の1日」を読むと、実際はとてもそれどころではない怒濤の日だったようですが。

幸福書房という場所を愛し、本と本屋さんに幸せを見出した人々が集った、最後の1日。

簡単に想いを重ねてしまうのも失礼だと思いつつ、そんなふうに長年の仕事が、自分だけでなく、まわりの人の幸福につながっていくのは素敵だなと思います。

 

でも実は岩楯さん、今後は最初に幸福書房があったまちで、小さなブックカフェを営む計画があるのだそうです。

それも、あの伝説の漫画家が集ったという「トキワ荘」が近くにあり、その再建プロジェクトも絡むかもしれないとか。

 

だから、これは終わりでも、過日の感傷でもなく、未来につながっていく物語のはじまりなのかもしれません。

いつの日にか、ふたたび幸福書房という場所に立ち会えますよう。

 

現代日本の般若心経 – 柳宗悦、平野甲賀、みうらじゅん

仏教の経典のひとつに「般若心経」があります。

「色即是空、空即是色」などの句が並べられ、短い文章の中に仏教の思想が簡潔に表されているといいます。

今回は、今年(平成30年)3月まで東京近郊で味わえる、現代日本ならではの三つの「般若心経」をご紹介します。

 

まずは、目黒区駒場にある、日本民藝館を訪れます。

大正末期、従来の権威や様式にとらわれない「民藝」という美の概念を提唱した柳宗悦が、その活動の中心とした博物館です。

こちらでは3月25日まで、特別展「棟方志功と柳宗悦」が開催されています。

展示|日本民藝館

日本民芸館の世界へようこそ。ホームページ。総数約1万7千点を数える。

柳宗悦と生涯を通して交流のあった版画家・棟方志功の作品を、両者の間で交わされた書簡とともに紹介しています。

ポスターに使われている「心偈(こころうた)」は、柳宗悦が仏教の浄土思想にもとづいてあらわした句を、棟方志功が版画にしたもの。

簡潔なことばのなかに想いを込める心偈は、民藝とも般若心経の思想と共通するものであり、心を打たれました。

実際に般若心経そのものの書も展示されており、壮観です。

 

日本民藝館の近くには駒場公園、改装中ですが旧前田侯爵家や日本近代文学館もあり、落ち着いた雰囲気で散策が楽しめます。

すこしだけタイポさんぽ。

具体的な一にくらべて、二がざっくりしすぎでは。

 

「宇宙支」とは…!?

 

さて、次は銀座に向かいます。

通りの向かいにある商業施設「GINZA SIX」の外観に目を惹かれていたら、なるほど、銀座6丁目だから、この名前なのですね。

手前の看板の丸ゴシックもかわいいです。

 

その先、銀座7丁目にあるのが、大日本印刷が運営するギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)です。

こちらでは3月17日まで、「平野甲賀と晶文社展」が開催中です。入場は無料ですが、日曜・祝日は休館なのでご注意。

三十年近くにわたって平野甲賀さんが装丁を手がけた晶文社の本と、それ以外のさまざまなポスターなどを展示しています。

とくに近年の平野甲賀デザインといえば、このように描き文字ともフォントとも似つかない特徴的な「文字」。

そんな平野甲賀の文字で書かれた「般若心経」が展示の一角にあり、とても驚きました。たしかに一文字ずつ、じっくり見るのにふさわしい題材です。

晶文社の出版物も含め、どれだけいても飽きないかもしれません。

 

さて、最後は東京を離れ、川崎市へ。

JR・東急武蔵小杉駅から、さらにバスを乗り継ぎ、川崎市市民ミュージアムに向かいます。

今回の主目的のひとつである、みうらじゅんフェス(MJ’s FES)が3月25日まで開催中です。

MJ’s FES みうらじゅんフェス!マイブームの全貌展 SINCE 1958 | 川崎市市民ミュージアム

川崎市市民ミュージアムは、「都市と人間」という基本テーマを掲げて1988年11月に開館した博物館と美術館の複合文化施設です。常設・企画展や映像の定期上映を始めとして、講座やワークショップなど様々な事業を展開しています。さらに地域の皆様の文化活動に利用していただくために、ギャラリースペースや研修室など施設の貸出しを行っています。

マイブーム、ゆるキャラといった言葉を生み出し、「ない仕事」をつくり続ける、みうらじゅんさん(カラーバス効果で「つながる」読書の楽しみ方)。

そんなみうらじゅんさんの、小学生時代からの膨大な創作とコレクションが一堂に会する特別展です。

ちなみに冒頭の挨拶、「川崎市民ミュージアム」と誤記したあとで「市」を追加しているのですが、外の立て看板を見ると…

その「市」の活字が欠落しています。どっちが正しいのか?

 

それはともかく、展示の目玉は「アウトドア般若心経」なのです。

路上の看板やポスターから漢字一文字ずつを拾い上げ、般若心経を完成させる。

広告あり、選挙ポスターあり…。

日常の中から立ち上がってくる「色即是空」には、ひとりの人間が書き上げたそれとは違った感慨があります。

いや、書いたのは別々の人でも、この文字の中から般若心経を見出したのはまぎれもなくみうらじゅんさん、その人。

「アウトドア般若心経」に限らず、他の展示も単なるコレクションではなく、みうらじゅん視点で集められたものだからこそ、面白さが際立ってくるのです。

まさに空即是色。「みうらじゅんフェス!」という言葉に恥じない、壮大な試みでした。

 

いいビルと、ビルを彩るものの世界 – いいビルの世界 東京ハンサム・イースト

まちを歩いていれば、いくつも目に入るビルの姿。

けれど、あたりまえにありすぎて、目をとめて「観る」ことは少ないかもしれません。

まちのなかにひっそりとたたずみ、ひとびとの暮らしや仕事によりそい、あるいはいつか消えてしまう…。

そんなビルの見方、楽しみ方を知ることができるのが、こちらの本です。

 

ビルがその建物を使う人のために設計されるように、この本も、ビルの魅力を伝えるため、いくつもの工夫が凝らされています。

たとえば、この本は、通常よりも高精細の印刷ができるフェアドット印刷という手法が使われているそうです。

大福書林 on Twitter

『いいビルの世界』は、モアレが出ないよう特殊な印刷をしています。普通の線数が200線くらいのところ、この本で使ったフェアドット印刷は350線と、ドットが細かく、配列も違うのです。カメラ店などで売っているルーペをお持ちの方は、眺めてみてください。ドットを見るだけで楽しめますよ。

 

そのおかげか、ステンレス・タイル貼りなどさまざまな素材でできたビルの外壁や内装が、実に色鮮やかに目に飛び込んできます。

 

そう、ビルを知るということは、ビルをいろどるさまざまなものの世界を知るということなのです。

「ビルの外側をいろどるもの」や「ビルと視点」といった記事では、ビルを楽しむ手がかりが図鑑のように紹介されていきます。

壁画といった大きなものから、ドアハンドルのコーディネートといった小技の光るものまで。

 

そして本書を読んで、大きな発見がありました。

Macユーザーならおなじみの、コマンドキーに印字された記号「」。

いったい現実世界では、どんなときに使うのだろう? と思っていたら、ドアハンドルの模様に描かれているのを本書の中だけでも二ヶ所見つけました。

これはぜひ、実物も探してみたくなります。

文字通り、知らない世界を開く扉であり、秘密のコマンドのようです。

 

わたしはよく、こうやって新しい知識を得たら、昔に撮った写真をもう一度見返してみることをしています。

そうすると、いままで見えていなかった景色が見えてきます。

 

つまりこういうことです。

中央の「丸高ビル」、一文字ずつの看板も素敵ですが、対照的に黒い外装、少し斜めにへこんだ窓が、実にいい表情を見せます。

こちらは本書にも紹介されていたJR上野駅のペデストリアンデッキ。

このときは、ちょうどタイルの清掃中で、かわいい積みパイロンに夢中でシャッターを切りました。

そして見返してみれば、パイロンが置かれた色とりどりのタイルも実にかわいい。

他にも上野には素敵なタイルやビルがあるそうなので、次に訪れるときは見逃さないようにしたいです。

ここにはおそらく、かつて公衆電話が置かれていたのでしょう。

公衆電話の数がめっきり減ったいまも、その置き場所だけがひっそりと時間を重ねていきます。

それによって、壁の少しずつ色が違ったタイルも、よりいっそう引き立つよう。

 

「いいビル」の味わいとは、そんな時間の流れを感じられることのように思うのです。