2022年、ふたたび光を当てたい2冊+読書マップ

2022年も、残りわずかとなりました。

毎年の恒例としていた「今年の本」ですが、2022年は思い切って、今年刊行されたわけでもない2冊、それも既に版元品切になって手に入りにくい本に光を当て、その周辺についての思いを文章にしていきたいと思います。

そんな心境の変化は語りつくせないのですが、短歌という詩型にのめりこんでいくうち、みじかい言葉のなかに想いをこめることの尊さとむずかしさを学んだことが大きいでしょう。

では読書マップです。

一冊目は、藤子不二雄A「PARマンの情熱的な日々」(集英社ジャンプスクエア特別編集)

「笑ゥせえるすまん」「プロゴルファー猿」など数多くの人気漫画・キャラクターを生み出し、2022年4月に88歳で亡くなったA先生の、最後の雑誌連載作です。

仕事そっちのけでゴルフコンペやパーティに駆け回る、奔放な漫画家人生がコミックエッセイ形式で描かれます。

さいとう・たかを、赤塚不二夫、石川遼…

作品に登場する実在人物も思い出の中で語られるキャラクターも多彩で、この作品自体が豪奢な船上パーティのよう。

ご自身、回想のなかで小さいころはシャイだったと言うA先生。

伝説のアパート・トキワ荘での漫画家仲間との交流から、社交性が花開いたのでしょうか。

なんにでも興味を持つ少年心をいつまでも忘れず、つぎつぎにその対象をひろげていきながら作品に取り込んでいく情熱。

その奇跡的なバランスが、88歳までの「まんが道」という軌跡を生んだのだと思います。

「PARマンの情熱的な日々」は残念ながら2022年末現在、新刊で入手困難ですが、「81歳いまだまんが道を…」(中公文庫)や、没後に出版された「トキワ荘青春日記 プラスまんが道」でも、そのエッセンスの一端を味わえます。

米澤嘉博さんによる、〈白い藤子〉〈黒い藤子〉とよばれたF先生とA先生合作時代の足跡をたどる「藤子不二雄論 FとAの方程式」(河出文庫)も見逃せません。


さて、もう一冊は清涼院流水「成功学キャラ教授」(講談社BOX)

ある日、あなたのもとに届いた〈人生成功講義〉当選のお知らせ。
1回で400万円の価値があるという「キャラ教授」の講義、全10回を聞くことで、誰もが成功できる〈絶対成功法〉の秘密を手にすることができる…。

西尾維新「化物語」と同じ講談社BOXの創刊ラインナップとして刊行されながら、ビジネス書仕立ての小説という破天荒な内容が当時は戸惑いを生んだそう。

しかし後年、ビジネス書の〈成功本〉というジャンルで再評価されているといいます。

実際に、古今東西の成功本を数百冊読んだ著者が、その共通点を誰にでもわかる形でまとめ上げるというコンセプトは明快。
ふだん小説を読まない方にこそ先入観なく楽しめ、役に立つ内容が凝縮されています。

「あらゆる他人を肯定する」、「やらないといけないことが多すぎる、ということはない」など、反射的には否定してしまいたくなるキャラ教授の言葉。
けれど、その意味を本当に理解できれば、困難なときこそ思い返して救われる、まさに金言のように感じます。

さて、なぜ今キャラ教授なのか。清涼院流水なのか。

それは、2022年2月22日にさかのぼります。

世間的には〈2並びの日〉、スーパー猫の日などと盛り上がっていた当日、明治神宮では、ある秘密のゲームが現実世界を動かし、誰も予想しなかった結末をむかえていました。


さらに時をさかのぼること18年前。

清涼院流水「キャラねっと 愛$探偵の事件簿」(角川書店)は、オンライン学園ゲーム、VRアイドルなど時代を先取りした舞台設定のライトノベルとして、刊行当時も楽しんだ記憶があります。

しかし、本当のゲームのはじまりはここから。

雑誌「ザ・スニーカー」でひっそりと告知された〈秘密のゲーム〉は、18年間、雑誌と本書を持ったまま、それを誰にも言わず、2022年2月22日に、とある場所に集まることで勝者の栄冠を得る、というものでした。

現実よりも現実離れしたゲームの顛末は、清涼院流水さんが主宰するThe BBBの無料電子書籍2022年2月22日午後2時22分で読めます。

わたし自身は、たまたま2月を過ぎてThe BBBを訪れた際に知っただけで、愛読探偵になる資格さえありませんでした。

なにかの信念を時を超えて持ちつづけること、物体としての本を持ちつづけることの困難さ。
それらを乗り越えた方々に驚嘆しかありません。
継続も、成功の小さくて大きな種。

清涼院流水さんは現在、TOEIC満点達成者・英訳者としても活躍し、森博嗣さんの「スカイ・クロラ」や「すべてがFになる」の英語版を海外の読者に届けるという成果を出し続けています。

さらにカトリック信徒として受洗され、聖書やキリスト教にまつわる著作も増えています。
最新刊「どろどろのキリスト教」(朝日新書)は、キリスト教2000年の歴史を、あえて愛憎劇を主眼にコンパクトかつダイナミックにまとめた一冊。
小さなジャンルの常識を打ちやぶってきた著者ならではの本でしょう。

キリスト教徒でない身にも、類書にない驚きと興味を感じるエピソードばかり、ひとつひとつを長大な流水大説として読みたい! と思わせます。

来年、2023年は、うさぎ年。

「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざがありますが、2並びの年を経て、単純な二元論ではなく、あえて相反するようなものを同時にきわめようとする姿勢も必要かもしれません。

「二兎追うものしか二兎を得ず」をコンセプトにした、愛知県岡崎市にある丸石醸造の日本酒「二兎」の味は、一度飲んだら忘れられません。

二兎を追いつづける先に、あたらしい世界が待っています。

それでは、良いお年を。