トンネルを抜けると霧の国 – 亀岡まちあるき

以前「半歩踏み出す、ものがたり旅」という記事で〈半日旅〉をすすめる本を紹介しました。

この本で気になった場所のひとつに、京都府亀岡市があります。

JRで京都駅からも20分程度、けれど旧国名では丹波国に属し、京都に似ているようで違う、落ち着いた雰囲気の街らしいです。

ということで、さっそく行ってきました。

 

まずはJR京都駅、嵯峨野線(山陰本線)ホームへ。

今年(2019年)3月には、京都鉄道博物館や梅小路公園の最寄駅として梅小路京都西駅も開業予定です。

駅構内ポスターは安定のPOP体でした。

嵯峨嵐山駅を過ぎると、ぐっと乗客は減って、長いトンネルで険しい山峡を越えます。

山城国と丹波国、国境のトンネルを抜けると、霧の国だった——

そう言いたくなるほど美しい霧が広がる市街が見えてきました。

盆地のため霧が広がりやすく、竜ヶ尾山の山頂付近には「霧のテラス」という名所もあるそうです。

かめおか霧のテラス ライブカメラ|ぶらり亀岡 亀岡市観光協会

かめおか霧のテラス ライブカメラ|亀岡市観光協会のページです。亀岡の観光の見どころや、湯の花温泉、保津川下り、嵯峨野トロッコ列車の紹介はもちろん亀岡の、四季の花や、グルメ情報、イベント情報を発信しております。いろいろな亀岡を探索して頂きながら、あなただけの亀岡を探してみてください!

 

亀岡駅舎、特徴的な形をしています。

北口では京都スタジアム(仮称)が工事中でした。2020年のオープン予定だそうです。

 

「国鉄山陰線」という表記におどろいた看板、〈京都府下随一のスケールと楽しいインテリアを創造する〉というスケールの大きい謳い文句も惹かれます。

 

まるいフォルムと外階段の対比がかわいい。

マンホールは上下どちらから見ても亀の形をしています。

「🐕のフンは飼主が持ち帰りましょう!」と、犬のイラストを絵文字のように使うあとしまつ看板は意外にめずらしい。

 

まちあるきを楽しんだら、亀山城址へ向かいます。

亀岡市は明智光秀が築いた丹波亀山城の城下町として栄えました。

織田信長の謀反人というイメージが強い光秀ですが、2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主役となるなど、再評価が進みそうな予感がします。

そして、城の名前は「亀山城」なのに何故「亀岡市」なのかというと、三重県に同じ亀山という地名があってややこしいため、明治の廃藩置県ごろに亀山から亀岡に改称したとのこと。亀岡県となるも、ほどなく京都府に合併されます。

なんだか数奇な運命をたどったまちですが、さらに変わっているのは現在の亀山城、実は宗教法人大本の所有する土地となっています。

大本の聖地〈天恩郷〉とされていますが、一部の禁足地以外は本部で申し出れば誰でも自由に見学できます。

 

亀山城址の近くには亀岡市文化資料館もあります。

もとは亀岡市立女子技芸専門学校だったそうで、白い建物はなつかしい学校らしさを感じさせます。

入館料は210円、古代からの亀岡の歩みを学ぶことができます。

そして、ここ亀岡は「こち亀」で有名な秋本治先生の新作漫画「ファインダー」の舞台ともなっています。

文化資料館にも作品や秋本先生の紹介があり、さらに近くのハンバーガーショップ「ダイコクバーガー」は登場する女子高生たちの行きつけの店として大々的にコラボレーションしています。

こちらの意味での〈聖地巡礼〉をする人も増えているのだとか…。

 

いろんな楽しみ方ができる、亀岡市まちあるきでした。

 

良いアイデアを生む「つながり」を科学する – ソーシャル物理学

社会物理学という言葉があります。

SNSや現実の世界など、ひとびとのつながりが生み出す社会の中で、良い〈アイデア〉や情報がどのように流れていくのか、そしてそれが人間の行動にどう影響するかを、数学的に解析する学問だそうです。

いままでの、いわゆる〈社会科学〉と違って、スマートフォンの普及によって大量かつ正確なデジタルデータが集められる時代だからこそ、このようなアプローチが可能になりました。

この本では、そのような社会物理学によって社会をどのように変えていけるのか、といったことまで書かれています。

まちづくりや都市交通システムにうまく応用できれば、渋滞を回避したり、インフルエンザなどの集団感染を抑えたりと、いままでにない住みやすい社会が実現できるような気がしてきます。

 

とはいえ、そんな壮大な話だけでなく、わたしたちひとりひとりがSNSをどううまく活用していくか、といったヒントになる考え方も示されています。

たとえば、良い情報、新しいアイデアを見つけるには、次のみっつが重要とされています。

  • 社会的学習がきわめて重要
  • 多様性が重要
  • 他人と反対の行動を取る人物が重要

なにもかもひとりで学ぼうとするのではなく、既に成功した人を真似する、社会的学習は非常に効率抑制かを上げることができます。

けれど逆に、みんなが同じ方向に進んでいるときは、集団に引きずられて誤った判断をしてしまう危険性もあります。

だから、あえてみんなと違うこと、常識に反する行動を尊重することが大事です。

 

「みんな同じ」ことに息苦しさを感じているなら、少し距離を置いてみる。

あるいは、まったく違う習慣を持つ複数のグループに身を置いてみる。

 

著者が〈つながりすぎた世界〉と呼ぶ現代を、うまく生きていくコツが、ここにはあります。

 

 

もちものから考える、やりたいことの実現

2019年も一週間が過ぎました。

年のはじめに目標を立てたり、やりたいことリストを作った人は、どのくらい実現できているでしょうか。

 

夢や目標を実現するためには、自分の〈もちもの〉を点検してみることが役に立ちます。

物理的に所有しているもの、たとえばパソコンやスマートフォン、自家用車などがあるかないかによっても、やれることは変わってきます。

それに加えて、資格や免許、機械を使いこなすスキルといった〈もの〉も、大きな要素になります。

 

大きな夢から逆算して、まずは何か「ものを手に入れる」という目標を立てるのも良いでしょう。

反対に、今年は「この資格を取る!」と先に決めてしまう方法もあります。

その資格を取ったあとで、ひろがった可能性の中から、ゆっくりとやりたいことを見つけてもいいのです。

 

そのいっぽうで、もちものが多ければなんでもできるかというと、必ずしもそうではありません。

せっかく高い買い物をしたのだから、使わないともったいない気がして、無理にでも使おうとしてしまう。

経済学ではサンクコストとして知られる概念ですが、既にかかった費用はもう戻ってくることはありません。

それをなんとか回収しようとすることで、かえってやれることの可能性を狭めてしまうこともあります。

それくらいなら、最初から使おうとしない、〈もちもの〉を増やしすぎないという手も考えられます。

 

どちらにしたって、人間が一生の中で手に入れられる〈もの〉は有限です。

そして、一年という区切りも365日、あるいは366日、けっしてそれ以上増えることはありません。

可能性は無限とはいいません。

けれど、ゼロにもならないのです。

 

大切なまいにちと。

大切なもちもの。

そして、やりたいことをやろうとする熱意さえ、ゼロでないかぎり。

掛け算すれば、大きな結果が得られます。

 

新春・龍泉寺さんぽ

あけましておめでとうございます。今年も「凪の渡し場」をよろしくお願いします。

 

さて、お正月といえば初詣、今年も尾張四観音の恵方参りをしてきました。

新春・甚目寺タイポさんぽで紹介したとおり、名古屋城の東西南北を守護する四つの寺から、その年の恵方に当たるお寺をお参りします。

今年、平成31年は龍泉寺観音です。

竜泉寺というと、いまはスーパー銭湯「竜泉寺の湯」が有名になり、豊田市や関東にも同じ名前の支店があってややこしいですが、お寺のほうの「龍泉寺」は旧字体で書くのが正式のようです。

http://www.ryusenji.com

 

場所は竜泉寺の湯の本店近く、名古屋市守山区です。

公共交通機関では大曽根駅から名古屋ガイドウェイバス「ゆとりーとライン」で向かいます。

ゆとりーとラインは、専用の高架線を走る、日本唯一のガイドウェイバスシステムです。車両はバスのように見えますが、軌道法に基づいて工事が着工された、れっきとした鉄道の一種です。

1月11日(金)から節分キーワードラリーも行われるようです。守山図書館でも尾張四観音のテーマ展示が開催中とのこと。

最寄駅(停留所)は「竜泉寺」なのですが、二つ前の「小幡緑地」で高架区間から平面区間に切り替わり、運賃が70円高くなるので、小幡緑地から歩くのも良いでしょう。平面区間はJR・愛知環状鉄道高蔵寺駅まで続いています。

龍泉寺にやってきました。

元号は延暦のころ、伝教大師最澄が創建したといういわれがあります。

「伝教大師が熱田神宮に参篭中、龍神のお告げを受けて、龍の住む多々羅池のほとりでお経を唱えると、龍が天に昇ると同時に馬頭観音が出現した」のだそう。

竜にはお目にかかれませんが、猫がいました。

 

お猫さまに導かれて宝物館となっている龍泉寺城に入ります。(入館料100円)

円空仏で有名な円空による馬頭観音・天照大神像などが納められています。

展望台からは庄内川・春日井市街の見晴らしが良いです。

「出口」のフォントもかわいい。

拝観後は、小幡緑地までちょっと寄り道していきましょう。

よく見ると「僕のンをかたづけて」と書いてあります。「ン」だけが残ったことに逆説的なメッセージを感じるあとしまつ看板です。

林の中を行く「木の道」として遊歩道が整備されています。

木々の緑の中に、赤パイロンがときおり現れるのも、散策の楽しみのひとつです。

パイロンが置かれているところは足場が悪いため注意して歩きましょう。

「通行止」は例によって創英角ポップ体でした。書き初めならぬ、よもやのPOP体初め…!

縁の中ほどにある緑ヶ池では、鴨がゆったりと泳いでいます。

「ノロノロ運転でよろしく」。

亥年ですが、ゆるゆるマイペースに、楽しい一年になりますよう。

2018年、世界の見方を変える18冊

「平成最後」という言葉が飛び交う年末です。

12/22に公開した記事で「年内に二、三回更新するのを目標」と書いておきながら、そのあと一記事しか更新できないまま大晦日を迎えてしまいました。

目標達成のためだけに、平成最後の大晦日に埋め草記事を公開するのも気が引けるので(笑)、ふりかえり的な内容が続いてしまいますが、2018年に読んだ印象的な本を紹介します。

ちなみに、このブログ「凪の渡し場」を開設した2016(平成28)年のクリスマスにも、同様の記事を公開しています。

2016年、文章とものがたりをあじわう10冊

このときは小説とノンフィクションが対象でしたが、今年はマンガも含め、西暦と合わせて18冊を選んでみました。

〈ノンフィクション〉

菅俊一「観察の練習」

知ること、見ること、考えること – 観察の練習で紹介したとおり、日常を新しい視点で見つめる、観察の習得方法を学ぶ本です。

 

笹原和俊「フェイクニュースを科学する」

Twitterでは、デマが事実より早く拡散するとよく言われますが、その理由をSNS特有の仕組みから解明しています。似た傾向の人をフォローする仕組みが「見たいものだけ見る」という思考のクセを助長してしまいます。

自分の世界の見方がまわりに影響されて歪んでいないか? は、常に自覚したいところです。

 

岩楯幸雄「幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!」
井上理津子・安村正也「夢の猫本屋ができるまで」
三品輝起「すべての雑貨」

東京で40年間「幸福書房」という本屋さんを経営してきた岩楯さん、好きなものの掛け算で夢を叶えた安村さん、そして西荻窪で雑貨店「FALL」を営みながら〈雑貨化する世界〉に思いをはせる三品さん。

本屋や雑貨屋という小さな宇宙を経営する人の言葉は、いつも胸に響くものがあります。

 

「旅する本の雑誌」

これは危険な本です。全国各地の魅力的なまちと、それにまつわる本や本屋さんを紹介する章や、東京の個性的なお店をめぐる章など。

同時期に発売された「全国 旅をしてでも行きたい街の本屋さん」と、この本を両手に、またいつでも旅に出たくなってしまいます。

 

藻谷浩介「世界まちかど地政学」

「里山資本主義」の著者、藻谷さんが以前から趣味で訪れていた世界各地の様子をレポートする毎日新聞のWebサイト連載を再構成したもの。世界には、こんな暮らしや街並みがあるのか、という新鮮な驚きであふれています。

 

松樟太郎「究極の文字を求めて」

そんな世界には、さまざまな文明・文化が興廃し、あまたの文字が作られ続けてきました。

顔文字のようなマヤ文字、視力検査のようなミャンマー文字など、自由な発想で文字を楽しむ一冊です。自由すぎて怒られないか? と心配になるくらい(笑)

 

ベン・ブラット「数字が明かす小説の秘密」

小説のなかで使われる典型的な表現、ベストセラーや歴史に残る作品に共通する傾向など、数字と統計で小説の神秘にメスを入れます。取り上げられているのが欧米の作品ばかりなので、日本の小説はどうなのだろうと興味がわきます。

 

〈小説〉

獅子文六「コーヒーと恋愛」

日本のお茶の間にテレビが普及し始めた時代。コーヒー好きの人気ドラマ女優と、彼女の回りのコーヒー通と演劇人、TV業界人たちが巻き起こす、それぞれの情熱と愛情のかたち。
描かれた時代は古くても、登場する多様な恋愛観、結婚のかたちは今に通じるものがあって面白いです。

 

佐藤亜紀「戦争の法」

1975年、日本国から独立を宣言したN県で、主人公は戦争の渦に巻き込まれ、あるいは自ら戦地へと進んでいく。

九州限定で復刊(他の地域は一部書店でのみ販売)という珍しい形態が気になって手に取りましたが、思索的な文章が癖になります。

 

宮下奈都「羊と鋼の森」

ピアノ調律師を目指した少年と、ピアニストを目指す姉妹を中心に、憧れを現実にするための厳しく優しい道程が描かれます。

作中で引用される「夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」という原民喜の言葉は、わたしの理想とするところでもあります。

 

田中啓文「アケルダマ」

キリストの墓が隠されているという田舎の村に引っ越してきた女子高生と、彼女の東京での同級生だったオカルトマニアの男子が、千年に一度の壮大な陰謀に巻き込まれていく。

オカルトはノンフィクションだとちょっと困りますが、小説として描かれれば、こんなに面白い。

 

似鳥鶏「叙述トリック短編集」

叙述トリックとは、普通のミステリーのように犯人が探偵に仕掛けるものではなく、作者が読者に仕掛けるもの。

だからこそ普通は読み終わるまで叙述トリックがあることは秘密にされるのですが、最初から公言してしまうという、ひねりのある作風の著者ならではの企みに満ちた短編集です。石黒正数さんが描く表紙とオビの仕掛けも楽しい。

 

〈マンガ〉

細川貂々「日帰り旅行は電車に乗って」

半歩踏み出す、ものがたり旅で紹介。何度でも行きたい関西が、そこにあります。

 

益田ミリ「泣き虫チエ子さん」

ささやかだけれど、幸せな夫婦の日常。心が弱っているときに読むと思わず泣きそうになってしまって、こういう幸せがほしかったんだなあと思ってしまいます。

 

小川麻衣子「ひとりぼっちの地球侵略」

宇宙から地球を侵略するためにやってきた少女と、その心臓を受け取った少年。全15巻完結。

ボーイミーツガールのときめきが消えることはありません。

 

小林銅蟲「寿司 虚空編」

数学の世界には、日常生活ではまず目にかかることのない「巨大数」という概念があります。

ただひたすら桁数の大きさを追い求める、世界の深淵を垣間見れます。

 

今までの世界の見方を変えてくれそうな、個性的な本を中心に選んでみました。

来年もそれまでの視点を変えるような、良い本に出会えますように。