宮本常一(みやもと・つねいち)という人物をご存じでしょうか。
〈旅する民俗学者〉という異名を取った彼は、生涯で16万キロ、三千を超える村を訪ね歩き、そこに生きる人々を文章と写真のかたちで写しとりました。
平凡社STANDARD BOOKSの一冊として刊行された本書は、宮本常一の膨大な記録の中から選りすぐられた随筆集です。
他のシリーズも寺田寅彦、岡潔、湯川秀樹など科学者・数学者を中心としたラインナップが素晴らしく、百科事典で知られる平凡社だけに、長く本棚に並べておきたいたたずまいを感じられる造本です。
令和の時代にはもはや遠く消えかけている、日本のさまざまな伝承、風習がつづられます。
つまり世の中が静かであったとき、われわれは意味を持つ音を無数に聞くことができたのである。意味を持たない音を騒音といっているが、 今日では騒音が意味のある音を消すようになってしまった。(中略)人間にとっては静かに考える場と、静かに聞く場が必要である。
「宮本常一 伝書鳩のように」(平凡社) p.12
1978(昭和53)年に書かれたこの文章は、いまでも胸に響きます。
スピードや豊かさを求める現代を否定するわけではありませんが、スピードが速くなればなるほど、騒音も大きくなり、小さな音、多様な音を聞きわけることができなくなります。
いま、静かに考える場は、ますます貴重なものになっています。
本を読むというのは、そうやって静かに著者の声に耳をかたむける経験でもあります。
時間も場所も、遠く離れても。
本を開けば、宮本さんの見た静かな世界を、わたしたちは聞くことができるのです。