個人研究が人生を楽しくする – ジャイロモノレール

長い人生の中で、自分だけの楽しみ、生きがいのようなものを見つけられたら、どれほど幸せなことでしょう。

それは自分の仕事の中に—いわば〈天職〉として—見つかるのかもしれないし、まったく違う場所で、趣味の世界に見つかるかもしれません。

そんな、自分だけの楽しみの価値を教えてくれるのが、作家にして工学博士である森博嗣さんの「ジャイロモノレール」です。

ジャイロモノレールとは、一本のレールの上を走る鉄道のこと。

普通のモノレールとは違って、ジャイロという仕組みを用いることで、支えなしでバランスをとって自走することができます。

20世紀の初頭に、未来の高速鉄道として技術開発がなされたものの、時代の変化によって日の目を見ることがなく、今では失われた技術となってしまったそうです。

そんな幻の技術を、森博嗣さんが復元に成功、自宅の庭に敷いた庭園鉄道で実際の模型を走らせるところまで達したというのが、本書の前半部分です。

ジャイロモノレールの説明や動画自体は、著者のホームページやYouTubeで無料公開されています。

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エンジニアリングや工作が好きな人にとっては、これだけでも興味深い内容ですが、本書の終盤では、ジャイロモノレール研究を例にとって、著者の〈趣味〉に対する考え方が語られます。

 

そもそも趣味とは英語の「hobby」の訳語ですが、イギリスでは紳士のたしなみとして、仕事よりも重視されるものだそう。

それがたとえばコレクション(蒐集活動)であったとしたら、それ自体が目的なのではなく、なにか他の目的があり、その手段のために集めているだけなのだといいます。

それは研究のために資料を集めたり、調査することと似ています。

そこで森さんは〈趣味〉ではなく〈個人研究〉と訳すことを提唱しています。

研究とは他の誰もまだ知らないことを、自分だけが追い求めることです。

仕事でなければ、他の誰に価値を認められなくても、自分さえ価値を見出すことができればいいのです。

そうしてみんなが自分の楽しみを追求することで、あるいはそれが他のだれかに波及して、さざ波のように楽しさが広がっていくかもしれません。

 

その意味では、わたしの趣味=個人研究も、まだはじまったばかり。

フォントとか、パイロンとか、いろんな先人の方に刺激を受けて蒐集をはじめたことはとても幸せなことで、でもそれは、やっと研究の種がみつかっただけの段階にすぎません。

ほんとうに自分だけの、新しい視点に立った研究はこれから。

その先に、もっと楽しいことが待っているのです。

 

 

自分視点の旅のすすめ – できるだけがんばらないひとりたび

旅行が好きです。

それも、もっぱら、ひとり旅。

何ヶ月も前から行きたいところを決めて、綿密に計画を立ててする旅行が大好き。

思い立って、ふらっとなじみの土地に行って、まだ行ったことのない場所を探索するのも大好き。

そう言うと、行動的とか、アクティブなどと思われることもあるのですが、わたしの中では、そこまで特別なことをしているという感覚はありませんでした。

このブログ「凪の渡し場」では「日常に新たな視点を」というコンセプトで、さまざまなまちあるきの記事を書いてきましたが、「旅に出ること」そのものが、わたしにとっては日常の延長線上にあるのかもしれません。

自分だけの物語を見つける – ぼくらが旅に出る理由

一歩を踏み出す勇気が出ないなら、半歩踏み出してみる

 

そんな、ひとり旅に対する新しい視点を提供してくれるのが、こちらの本。

同名のブログ「できるだけがんばらないひとりたび」をもとに、あまり旅に慣れていない人、心配性な人に向けてのコツや心得をまとめた本です。

わたしも心配性なことにかけては人後に落ちない自信があるので、そういった面でも実用的な学びにあふれています。

たとえば、わたしはよく、荷物が多い、カバンが大きいと言われることがあります。

「旅慣れた人は荷物が少ない」という定説にあこがれたこともありますが、やはり旅となると心配になり、あれもこれもと詰め込んでしまうもの。

けれど、心配な人はそれで良いのです。

現地で服を洗濯したり調達するのに不安があるなら、日数分持っていけば良い。

お土産だったり、本をたくさん買ってしまうのなら、その余裕をもったカバンを選べば良い。

ただし、大きいカバンを持ち運ぶのは体力を消耗するので、さっさとホテルやコインロッカーに預けるに限ります。それに向いたカバン選びこそが大事。そんな結論になります。

シンプルで大容量な旅行用リュックなら「2wayダッフルバッグ」と検索すると捗ります – できるだけがんばらないひとりたび

THE NORTH FACE の「Glam Duffel」が便利で、シンプルな旅行用リュックを探していた私は「そうそう、これでいいんだよ!」と思ったのですが、「2wayダッフルバッグ」で検索してみると同じようなのが出てきて、どれも便利そうでした。 「なんでこれを選んだの?」という話と、他にもよさそうなやつをまとめておきます。 ノースフェイスで見つけた、バカみたいに軽くて容量の大きい …

 

さて、とはいえ、本書に書かれているのは実用的な情報ばかりではありません。

むしろ、具体的な情報ならブログのほうが詳しいでしょう。

それでもわたしが本を読んで感銘したのは、旅に対しての「視点」が鮮明に打ち出されていることにあります。

実は著者の田村さんは、日本や世界のエスカレーターをめぐることを趣味としており、「東京エスカレーター」というサイトを主宰されています。

かっこいい・珍しい・おもしろい世界のエスカレーターまとめ | 東京エスカレーター

「東京エスカレーター」は、たぶん日本で唯一くらいのエスカレーター専門サイトです。首都東京から、世界の素敵なエスカレーター情報をお届けします。管理人は田村美葉(たむらみは)です。

 

本の後半は田村さんの旅の記録が収録されているのですが、ロンドン旅で突然エスカレーター写真が出てきたりと、本の表紙からはちょっと想像つかない、素敵にマニアックな世界が展開されています。

見開き特集されている「スパイラルエスカレーター」は螺旋階段のような外観が特徴的ですが、田村さん自身も認める通り、これを目的に旅をするのは自分だけではないかという「自分視点」のひとり旅。

それでいいし、それがいいのです。

 

旅で大切なことは、自分の視点で世界を見るということ。

それは一般的な名所やモデルコースを否定するものではなく、むしろそうした「多くの人が共感する視点」を取り込みながら、何故か自分だけが惹かれてしまう視点を少しずつ養っていく、それがひとり旅の大きな楽しみです。

ひとり旅なら、エスカレーターの写真を黙々と撮っていても同行者から不審に思われることもないでしょう。

ひとり旅なら、誰にも構わずパイロンを撮り続けることができるのです(パイロンも、125ページに何の解説もなく言及されていて、感慨深いものがあります)。

 

そんな自由さ、自分視点で、旅を楽しんでみること。

そうしてあるいは、そんな楽しみを発信することで、その視点が誰かの共感を呼ぶとしたら。

それもまた素敵なことでしょう。

 

知ること、見ること、考えること – 観察の練習

いまさらですが、このブログ「凪の渡し場」は、「日常に新たな視点を」をコンセプトに、さまざまな世の中の楽しみかたについて提案しています。

では、実際に新しい視点を見つけるにはどうしたらいいのでしょうか。

ひとつの方法は、これまでいろいろな記事で紹介している、さまざまなものの知識を身につけることです。

フォントの名前であったり、路上にあるものの名称(たとえば、パイロンであったり、建築材であったり)をおぼえることで、これまで区別していなかったもの、気にもとめていなかったことに目を向けるきっかけになります。

 

でも、それはあくまで、新たな視点を身につける補助線にすぎません。

ほんとうに大切なことは、知識そのものよりも、それを見ようとすること、観察することにあります。

そんな観察の習得方法について書かれたのが、その名も「観察の練習」という本です。

 

この本の本編は、まちなかのさまざまな日常の風景を切り取った写真だけのあるページと、それについて書かれたページに分かれています。

写真のページで、日常の風景から著者が感じた「小さな違和感」は何かを考えてからページをめくることで、それが自分の思ったことと同じかどうか、あるいはまったく違うことが書かれているかを楽しむことができます。

 

もちろん、ひとりひとりの視点はすべて違うものだから、その観察結果に「正解」はありません。

その違いが、もともと自分がどのような視点をもっているのか、何に注目しがちなのか、そんな思考のクセをつかむヒントにもなるかもしれません。

 

また、この本自体が、表紙に書かれたタイトルの漢字が部分的にしか白塗りされていなかったり、本編も一部内容に合わせて特殊な文章の組み方がされていたりと、小さな違和感を楽しむことができます。

実際にどんな「観察」が紹介されているか、気になる方はぜひ本をお読みいただくとして(この記事のアイキャッチ画像の謎も、本を読めばわかります)、今回は「凪の渡し場」オリジナルの「観察」をしてみます。

 

さて先日、とある博物館を訪れた際、こんなパイロンを見かけました。

「街角図鑑」を買ってからというもの、パイロンを見つけては撮るということをしているのですが、よくよく考えると、わざわざパイロンの形状にぴったりな「開館」の看板をかぶせているのはとてもふしぎです。

いわゆるサンドイッチマンならぬ、サンドイッチパイロンです。

ちょうど建物の一部が工事中だったため、工事現場を囲むパイロンがあり、訪れた客が閉館中だと間違わないように「開館」をかぶせたのかもしれません。

けれど、同時に、近くの駐車場で、こんなパイロンも見かけました。

契約車両以外の駐車を禁じる看板がわりに使われています。

よく見ると、こちらのパイロンも先ほどのパイロンも、上部以外の三方に囲みがあり、真ん中に紙やプレートを入れられるようになっているようです。

ここまでくると、工事中かどうかは関係なく、パイロンを手ごろな看板がわりに使おうとする意志を感じます。

たまたま、ここの関係者がその用途に気づいたのか、あるいはパイロン業界でひそかに普及しているものなのか…。

 

こんなふうに、自分でも撮りためた写真を見返して、さらに深く観察することで、そのときは気づかなかった視点を楽しむことができます。

もちろん、まだ路上観察に慣れていない人も、ぜひ街に出て、さまざまなものを観察して、写真に撮ってみてください。

 

最後に、この本に近い「観察」を楽しむ本として、こちらも紹介しておきます。

主に、街ゆく人々が無意識にとった行動を写真におさめ、発想の仕方やデザインの考え方を学ぶ本として、工学博士で作家の森博嗣さんが翻訳されたことでも知られます。

四国横断まちあるき – ご当地キャラとパイロンの旅

さて今回は、先日訪れた四国のまちあるきの記事をお届けします。

なお、このたびは文字通り「四国横断」、つまり本州と四国を行き来するのに瀬戸大橋を使わない、しまなみ海道も使わない、といういささか特殊なルートを選んでみました。

ということで、旅のはじまりは明石海峡大橋のたもと、JR西日本の舞子駅から。

東京・名古屋方面からは「神戸市内」までのきっぷで下車することができ、高速バスの停留所がすぐ近くにあるので、高速バスで淡路島・四国に向かう際は便利です。

駅に直結した商業施設のTio舞子には、ジュンク堂書店も入居しています。日本一海に近いジュンク堂かもしれません(笑)。

そんなTio舞子のパイロンに見送られ、本州をあとにします。

 

渦潮で有名な鳴門に着くと、素敵な結界タイプのパイロンがお出迎えです。

うすうすお気づきかもしれませんが、この記事には通常の観光地的な写真はほとんどありませんので、あしからず。

 

ご当地マスコットキャラクター自販機のそばで天寿を全うする、がんばれパイロン。

 

ホテルにもパイロンが…? と思ったらクリスマスツリーでした。

 

翌日は徳島駅から高知へ向かいます。徳島の名産品、すだちをモチーフにしたマスコットキャラクター「すだちくん」を守るパイロン。

列車乗り換えのため、阿波池田駅に着きました。

こちらの自販機は、今年(平成29年)から運行されている観光列車「四国まんなか千年ものがたり」をモチーフにしたもの。車内では地元の食材を使った食事が楽しめます。

香川・徳島の観光列車「四国まんなか千年ものがたり」JR四国

多度津から大歩危間を走る観光列車「四国まんなか千年ものがたり」。コンセプトは「おとなの遊山」。和の風情にしつらえた空間の中で、地元食材の料理を堪能し、大自然が生み出した里山や渓谷美に思いを馳せる列車旅をご提供します。

大型のマスキングテープ、ではないようで。グッズとして売っていたら買いたかった…。

そんなふうに駅構内を探索していたら、列車本体を撮り逃しました。

といいつつ、無事に次の大歩危駅で追いつきました。

 

千年ものがたりは乗りませんでしたが、JR四国といえばアンパンマン列車。やなせたかし先生が高知で育ったということもあり、列車や駅構内はやなせたかしキャラクターであふれています。

高知駅のパイロンとアンパンマンのツーショット。心なしか、ガラスケースに入れられたアンパンマンが切なそう。

もうひとり高知を代表するキャラクターといえば坂本龍馬。日本の夜明けぜよ、というセリフがぴったりの写真が撮れました。

 

高知の次は愛媛県に向かいます。

愛媛と言えばみかん、マスコットキャラクターのみきゃんです。パイロンも柑橘類を思わせる黄色。

繁華街である銀天街の無料休憩スペースには、こんなかわいいパイロンも。

見たことのないスリムなパイロンも…いやこれ、本当にパイロンでしょうか?

いやはや松山、非常にグレードが高いです。

 

そして道後温泉に向かいます。

道後温泉駅にはお土産屋さんが入っていたのですが、もうすぐスターバックスがオープンするそうです。

そのおかげで、工事中のパイロンが撮れたので、よしとしましょう。

道後温泉本館も改修を控え、近くに真新しい別館がオープンしていました。こちらも絶賛道路舗装中で、パイロンが大量生息する嬉しい光景です。

道後温泉で、みきゃんパイロンを見られるのは今だけ!(?)

道後温泉のお話は、また別の記事でまとめます。

 

その翌日、松山観光港から船で広島へと旅立ったのでした。

もちろん、ひろしまドリミネーションでもパイロンは大活躍していましたよ。

広島駅前には、こんなバリケードと一体化したようなパイロンも。

思わず、いろんな方向から撮ってしまいます。

 

最後は広島の話になってしまいましたが、四国ご当地マスコットキャラクターとパイロンの旅でした。

 

いいビルと、ビルを彩るものの世界 – いいビルの世界 東京ハンサム・イースト

まちを歩いていれば、いくつも目に入るビルの姿。

けれど、あたりまえにありすぎて、目をとめて「観る」ことは少ないかもしれません。

まちのなかにひっそりとたたずみ、ひとびとの暮らしや仕事によりそい、あるいはいつか消えてしまう…。

そんなビルの見方、楽しみ方を知ることができるのが、こちらの本です。

 

ビルがその建物を使う人のために設計されるように、この本も、ビルの魅力を伝えるため、いくつもの工夫が凝らされています。

たとえば、この本は、通常よりも高精細の印刷ができるフェアドット印刷という手法が使われているそうです。

大福書林 on Twitter

『いいビルの世界』は、モアレが出ないよう特殊な印刷をしています。普通の線数が200線くらいのところ、この本で使ったフェアドット印刷は350線と、ドットが細かく、配列も違うのです。カメラ店などで売っているルーペをお持ちの方は、眺めてみてください。ドットを見るだけで楽しめますよ。

 

そのおかげか、ステンレス・タイル貼りなどさまざまな素材でできたビルの外壁や内装が、実に色鮮やかに目に飛び込んできます。

 

そう、ビルを知るということは、ビルをいろどるさまざまなものの世界を知るということなのです。

「ビルの外側をいろどるもの」や「ビルと視点」といった記事では、ビルを楽しむ手がかりが図鑑のように紹介されていきます。

壁画といった大きなものから、ドアハンドルのコーディネートといった小技の光るものまで。

 

そして本書を読んで、大きな発見がありました。

Macユーザーならおなじみの、コマンドキーに印字された記号「」。

いったい現実世界では、どんなときに使うのだろう? と思っていたら、ドアハンドルの模様に描かれているのを本書の中だけでも二ヶ所見つけました。

これはぜひ、実物も探してみたくなります。

文字通り、知らない世界を開く扉であり、秘密のコマンドのようです。

 

わたしはよく、こうやって新しい知識を得たら、昔に撮った写真をもう一度見返してみることをしています。

そうすると、いままで見えていなかった景色が見えてきます。

 

つまりこういうことです。

中央の「丸高ビル」、一文字ずつの看板も素敵ですが、対照的に黒い外装、少し斜めにへこんだ窓が、実にいい表情を見せます。

こちらは本書にも紹介されていたJR上野駅のペデストリアンデッキ。

このときは、ちょうどタイルの清掃中で、かわいい積みパイロンに夢中でシャッターを切りました。

そして見返してみれば、パイロンが置かれた色とりどりのタイルも実にかわいい。

他にも上野には素敵なタイルやビルがあるそうなので、次に訪れるときは見逃さないようにしたいです。

ここにはおそらく、かつて公衆電話が置かれていたのでしょう。

公衆電話の数がめっきり減ったいまも、その置き場所だけがひっそりと時間を重ねていきます。

それによって、壁の少しずつ色が違ったタイルも、よりいっそう引き立つよう。

 

「いいビル」の味わいとは、そんな時間の流れを感じられることのように思うのです。