もし自分の人生経験を地図に表したら

生まれてきてからいままで、重ねてきた時間。

それを、都道府県別などで、過ごした時間の長さに応じて地図に色分けしてみたらどうなるでしょう。
ふと、そんなことを考えました。

 

生まれ育った場所。

大学時代を過ごした場所。

社会人になり、いまも暮らしている場所。

この三つが、もっとも濃い色で表されるだろうことはすぐに想像がつきます。

それから、住んだことはないけれど、よく遊びに行く場所。

個人的には、偏愛する広島と、仕事でも行く機会の多い東京では、累積するとどちらが長いのか? が気になるところです。

 

実際に、手動で地図をつくることのできる「経県値」「経県マップというサイトがあります。

あるいは、iPhoneの写真アプリでは、写真を撮影場所ごとに地図上に表示することができますし、同じことが日記でできる Day One というようなアプリもあります。

もちろん、これだとスマートフォンを持っていなかったころの経験はカウントされないので、ちょっと寂しいですね。

この先、技術が進歩すれば、生まれた瞬間から位置情報を記録して、こんな地図が誰でも自動的に作れてしまうかもしれません。

 

こうやって地図を眺めていると、自分の人生経験を表しているようでおもしろいです。

 

ただ、これはあくまで「経験」を単純に数値にしたもの。
数えるほどしか行っていなくても思い出のある場所、あるいは、一度も行っていなくても思い入れのある場所だってあるかもしれません。

それは、経験を超えた、かけがえのない体験。

 

そして、まだ行ったことのない空白の場所を「行ってみたい」と眺めている、その瞬間も。

この先の未来に、未知の体験につながっていると言えます。

 

人生というのは、長い長い、時間と空間の旅。
いままでの、どこで過ごした瞬間も、きっとこれからのどこかにつながっていることでしょう。

 

「平民宰相」の知られざる世界旅行 – 原敬の180日間世界一周

原敬といえば、歴史の教科書などで「平民宰相」として名前だけは知っている、という方がほとんどのはず。

そんな彼が、総理大臣に就任する十年ほど前に、私費をなげうって世界一周旅行に出かけていたことを知っているでしょうか。

 

この本は、その旅程を本人自筆の日記から読み解いていくノンフィクション。

基本的に、このブログで政治のことを話すつもりはありませんし、原敬の政治家としての活動がどうこう、というのもここでは触れません。

それでも、この本を紹介しようと思った理由はふたつあります。

 

ひとつは、これが大きな理由ですが、政治家の評伝にもかかわらず「世界一周」をメインに取り上げるという、その視点に感服したこと。

原敬自身も、基本的には政治家と会わず、工場や街の様子を熱心に観察して記録に残しています。

今ほど国際化していない、けれど180日間で世界一周ができてしまう程度には産業化が進展していた、そんな時代。

読み進めていくうちに、まるでいっしょに旅をした気になります。

 

そして、もうひとつ、こちらはとても私的な理由です。

この本を読んだのは、ちょうど旅行のとき。

まさか世界一周でもなく、ふつうの国内旅行。
大陸横断鉄道よりもシベリア鉄道よりも短い、けれど現代人には身近な新幹線。

読み切った本を旅行カバンに入れて、駅のホームを出ると、突然の雨。

その雨がしみ込んで、本を濡らしてしまいました。

今も昔も、紙には大敵の雨。

けれど、これも実に旅行らしいトラブル。

きっといつか、この本を手に取るたびに、そのことを思い出すでしょう。

 

歴史に名を残すような大人物でも、その業績とはほとんど関係のないところで、きっと無数の大事な思い出があったはず。

たまたま、それが日記の形で残っていたからこそ、この本が私たちの手に届いた。

この世界の片隅にあるようなブログでも、それを読んだ人に、何かが伝わるかもしれない。

それをありえないと言う前に、やってみればいい。

 

そんなことをふと思って、文章の形にしてみたくなったのです。