原敬といえば、歴史の教科書などで「平民宰相」として名前だけは知っている、という方がほとんどのはず。
そんな彼が、総理大臣に就任する十年ほど前に、私費をなげうって世界一周旅行に出かけていたことを知っているでしょうか。
この本は、その旅程を本人自筆の日記から読み解いていくノンフィクション。
基本的に、このブログで政治のことを話すつもりはありませんし、原敬の政治家としての活動がどうこう、というのもここでは触れません。
それでも、この本を紹介しようと思った理由はふたつあります。
ひとつは、これが大きな理由ですが、政治家の評伝にもかかわらず「世界一周」をメインに取り上げるという、その視点に感服したこと。
原敬自身も、基本的には政治家と会わず、工場や街の様子を熱心に観察して記録に残しています。
今ほど国際化していない、けれど180日間で世界一周ができてしまう程度には産業化が進展していた、そんな時代。
読み進めていくうちに、まるでいっしょに旅をした気になります。
そして、もうひとつ、こちらはとても私的な理由です。
この本を読んだのは、ちょうど旅行のとき。
まさか世界一周でもなく、ふつうの国内旅行。
大陸横断鉄道よりもシベリア鉄道よりも短い、けれど現代人には身近な新幹線。
読み切った本を旅行カバンに入れて、駅のホームを出ると、突然の雨。
その雨がしみ込んで、本を濡らしてしまいました。
今も昔も、紙には大敵の雨。
けれど、これも実に旅行らしいトラブル。
きっといつか、この本を手に取るたびに、そのことを思い出すでしょう。
歴史に名を残すような大人物でも、その業績とはほとんど関係のないところで、きっと無数の大事な思い出があったはず。
たまたま、それが日記の形で残っていたからこそ、この本が私たちの手に届いた。
この世界の片隅にあるようなブログでも、それを読んだ人に、何かが伝わるかもしれない。
それをありえないと言う前に、やってみればいい。
そんなことをふと思って、文章の形にしてみたくなったのです。