2025年、この世界に灯をともす12冊の読書マップ

今年も残りわずかとなりました。

〈凪の渡し場〉の「今年の本」は、出版年にかかわらず、わたし自身が今年になって出逢った本の中から、印象的なもの・学びがあったものを選び、自分なりの関連性を見つけだしてマップにしています。

さっそく今年の読書マップを紹介しましょう。三つのカテゴリに分けて語っていきます。

世界の解体と解読

まずは安形麻理・安形輝「ヴォイニッチ写本」(星海社新書)から。

500年以上前に書かれたとされる「ヴォイニッチ写本」(ヴォイニッチ手稿とも)。それは、世界のどの言語とも異なる文字らしきもので記され、何百年間も解読されていない謎の奇書です。

本書は最新のデータサイエンスを駆使して、その謎に挑みます。完全な結論にはいたらないものの、少なくとも「単純なデタラメの文字列ではない」という結果は希望が持てますね。荒俣宏先生との対談も読みごたえがあります。

誰も読めないヴォイニッチ写本とは反対に、多くの人に知られるM.C.エッシャーのだまし絵に、いままで誰も気づかなかった謎が隠されていると主張するのが、近藤滋「エッシャー完全解読」(みすず書房)です。

現実には存在しえない、エッシャーの不可能建築。
それをあたかも可能なように二次元の中で描き上げるために、エッシャーはどんなトリックを使ったのか。
そして、そもそも彼はなぜ、そんなことをしたのでしょうか?

あとがきの中で、著者の近藤さんは、トリックのネタばらしをするのは不粋ではないかと悩まれていますが、トリックが明らかになってこそ、新たな視点で、より深く作品を味わうことができます。

同様に、世界の謎を科学的に究明することこそ、本当の美に近づく方法だとするリチャード・ドーキンス/福岡伸一[訳]「虹の解体」(ハヤカワ文庫)は、今年の文庫化作品のなかでも最大の収穫でした。

かつて、ニュートンが虹の秘密を科学的に解き明かしたことを批判した、キーツという詩人がいました。科学によって、虹の詩性が解体されてしまったと詩人は嘆きます。

しかし、ドーキンスはまったく逆の立場をとります。

むしろ、虹の解体により、より深い世界の美しさ、新たな詩性の扉が開かれたのです。

科学者が虹をスペクトルによって解体したことで、星の光や、空気をふるわせる音にかくされていた謎を読み解けるようになりました。
世界そのもの、そして、その世界に太古から暮らしてきた生命をつかさどる驚異的な精密さを知れば、わたしたちの詩人のこころは震えざるをえません。

佐藤雅彦「作り方を作る」(左右社)は、横浜美術館で開催されていた佐藤雅彦展の公式図録。…ではありながら、ふつうの図録を超えた文章量で、佐藤さんの自伝としても読めます。

佐藤雅彦展は、なつかしのコイケヤのCMなどの映像作品やピタゴラ装置を五感的に楽しみつつ、そのような作品をどうやって作りだしたのか、という方法を同時に解説する展覧会でした。

最後のほうには〈紙の自由〉という展示があり、佐藤さんが紙や本というメディアをとりわけ大切にしているというメッセージも伝えられていました。

大ブームとなった「だんご3兄弟」が一冊の本(実験的な短編集)からはじまったという裏話も、本書や展示の中で紹介されています。

その後はご存知の通り、「ピタゴラスイッチ」などの教育番組を手がける佐藤さん。
こんな「算数」の教科書で学ぶ現代のこどもたちがうらやましいですね。

世界に灯をともす本と本屋

次は、〈紙の自由〉にかかわる複数の立場からの三冊を紹介します。

いまや〈紙の自由〉は、一部の人にあたえられた特権ではありません。

この時代に、「あえて紙の本をつくりたい」という想いをもった作り手により、ZINE・個人出版・軽出版が盛んになっています。

そんな作り手の立場にとことん寄り添う印刷所が、長野県松本市にある藤原印刷です。

藤原印刷/田中裕子[聞き手]「本が生まれるいちばん側で」(ライツ出版)は、さまざまな本づくりの現場の想いがつまった一冊です。
商業出版よりもさらに自由な本づくりを知れば知るほど、自分も本を作ってみたくなります。

そして、本を作る人がいれば、売る人がいます。

鳥取県で40年間「定有堂書店」を続けた店主のことばをまとめたのが、奈良敏行/三砂慶明[編]「本屋のパンセ」(作品社)です。

本屋だけでなく、ミニコミ・読書会など、さまざまな場づくりを続けながら思索と学びを続ける奈良さんの言葉は、一過性ではなく、何度でも読み返したくなる、まさに本の形にふさわしいものです。

奈良さんのような先達の影響もあるでしょうか、〈独立書店〉と称される、個人で本屋を営む方が増えています。
独立系書店といわれることもありますが、どうして〈系〉なのでしょう? と素朴な疑問を持ちます。
なにかに束ねられているのではなく、それぞれが自由であるはずです。

相田冬二「あなたがいたから 45の独立書店をめぐる旅」(Bleu et Rose)は、映画評論の自主出版を経験した著者が、その本を置いている全国の独立書店をめぐったエッセイ集。

いずれも個性的な本屋さんの姿が、相田さんの言葉で立ち上がってきます。単純なガイドブックではなく、著者の独立書店や出版に関する想いのこもったZINEとして印象的でした。

この世界を歩いていく

詳しくは note で書きましたが、「あなたがいたから」は各務原の〈マーケット日和〉というイベントで出会いました。

マーケット日和でトークイベントをされていたのが、佐々木俊尚「フラット登山」(かんき出版)

ジャーナリストである佐々木さんが提案する、まったく新しい〈登山〉の形が、頂上を目指さないフラット登山です。
ふつうの登山本に不満を持っているという佐々木さん、装備などの情報は具体的に述べつつ、コンセプト自体は抽象化すればビジネス書としても通用する、異色の本となっています。

わたしは体力に自信がないので、登山なんて無縁の人生だと思っていましたが、〈フラット登山〉なら、路上観察的な〈散歩〉を少しだけ拡張すれば、実はできてしまうのでは? と、自分の考え方をひろげてくれた一冊です。

安達茉莉子「らせんの日々」(ぼくみん出版会)は、装丁も気になって手にとりました。
表紙の端がカバーのように折り返されている〈小口折り製本〉で、タイトルやイラストもエンボス加工がされて落ち着いた印象を受けます。
「私の生活改善運動」などの著作がある安達さんが、福祉施設「南山城学園」に飛び込んで描かれたエッセイです。
同じことの繰り返しのようで、少しずつせり上がっていく、らせんの日々。
知らない世界を知ろうとすることの大切さを学びました。

もう一冊装丁が気になる本として、panpanya「そぞろ各地探訪」(1月と7月)を紹介します。
雑多な旅行のパンフレット、ポストカードなどを束ねたような体裁には、驚きしかありません。
panpanya さんの作品は、むかし たどりつけない世界 – panpanyaの楽園コミックス で紹介しましたが、今回も現実の日本の都市を巡っているうちに、いつしか非現実に迷い込んでしまうような酩酊感を味わえます。

「そぞろ各地探訪」には、羽田空港国際線ターミナルから天空橋、整備場への道を徒歩でめぐるという回があります。
整備場駅からモノレールで流通センター駅まで向かえば、オルタナ旧市街「踊る幽霊」(柏書房)への道がつながります。

なんといっても表紙にパイロン! しかも帯を外すと色が変わりますよ!
目次には「踊る幽霊[巣鴨]」、「麺がゆでられる永遠[流通センター]」など、東京の地名が副題に並びます。
わたしが暮らしたことのない(おそらくこれからもない)土地の、けれどまったくの異世界ではない都市の情景が、奇妙な現実感をもって迫ってきます。

それにしても特徴的な駅名の流通センター、ここは文学フリマ東京の最寄駅だそうです。

わたしは文学フリマ東京にはまだ行けていませんが、今年の瀬戸内国際芸術祭を訪れた際に文学フリマ香川を少しだけのぞきました。
そのなかの短歌サークルで出逢えたのが小野田光「蝶は地下鉄をぬけて」(書肆侃侃房)。「砂糖水」という短歌同人誌も発行されています。

表題にある地下鉄のように、あるいは空港ロビーのように。
現代の都市のモチーフがあふれつつ、ふいに、はるかな未来や遠い場所へと読者を誘ってくれます。
何より「ホッケーと和紙」連作は、何度でも読みかえすほどお気に入りです。

背の高い人が草履でゆく未来にぶい小石もY字路もある

小野田光「蝶は地下鉄をぬけて」(書肆侃侃房)p.112 初版第一刷より引用

地下鉄をぬけた先に、どんな未来が待っているでしょうか。

来年も、良い本を。

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