感情はコップにたまる水のようなもの

あなたは、自分の感情を自身でコントロールできていますか?

時おり、わけもなくイライラしてしまったり。

突然、感情が抑えられなくなって爆発したり。

そうなってから、そんな自分自身に驚いたり。

 

そんな不可解な感情の変化をとらえるために、シンクに置かれたコップをイメージしてみましょう。

コップには、少しずつ水がたまっていきます。

いっぱいになっても、表面張力でしばらくは持ちこたえられるかもしれません。

けれど、いつかは外にあふれてしまう。

 

同じように、まわりの変化、出来事といった刺激を受けて、少しずつ心の中に感情の源がたまっていきます。

それは必ずしも、すぐ外にあらわれるわけではなく、ある程度までたまってから、はじめて自覚されることもあります。

心の中のコップは、透明とはかぎりません。

遠目に見ても、どこまで水がたまっているかわからない。

上からのぞき込めば、ある程度の目測はつけられるかもしれません。

それだけではなく、手で持って、重さや温度をたしかめたり。

より直接的に、ストローを挿してみたり。

 

いろいろな方法で、自分自身のコップの中身を把握しておくことを心がけてみましょう。

気づかないうちに、いっぱいになって、あふれてしまわないように。

 

そして、もうひとつ大事なこと。

 

中身がいっぱいになっていなくても、コップを揺らせば、水はこぼれてしまいます。

不安定な地面に置いていたら、倒れたり、傷ついたりしてしまうかもしれません。

 

コップの形も、刺激に対する強度も、人それぞれ。

刺激に弱いコップなら、不安定な場所からは遠ざける、それも立派な自衛策です。

みんなはこうしているから、とか、普通はこのくらい大丈夫だよ、そんな言葉は気にすることはありません。

自分だけのコップを、大切にしてください。

 

 

敏感すぎる人々がこの世界に生きるということ

この世の中には、さまざまな刺激に敏感に反応する人(HSP=「Highly Sensitive Person」)がいます。

 

たとえば、鳥のさえずりに。雷のとどろきに。

街ゆく人のざわめきに、不意に立てられるしわぶきに。

さまざまなものに心を動かされ、動揺したり、ときには涙を流したり。

 

刺激というと、うるさいものというイメージかもしれませんが、刺激に敏感な人の心を揺さぶるのはそういった大きな刺激だけではありません。

海辺で潮の満ち引きをずっと眺めていたり、そこに小鳥がやってきたり、小さな子供が遊んでいるのを見るだけで、涙が出そうになったこともあります。

 

それを神経質という人もいるかもしれません。おかしいと言われることもあるかもしれません。

けれど、それはあなたが悪いのではありません。

ひとりひとり、違う個性があるように、刺激への反応の仕方も人それぞれ、それだけのこと。

たとえ「気にしすぎ」と言われたって、それを気にしすぎる必要はないのです。

 

それにしても何故、潮の満ち引きを眺めているだけで涙が出そうになるのか。

それを自分なりに深く考えてみたところ、おもしろいことに気づきました。

 

わたしがいるこの世界、まわりの環境は、自分が生まれるずっと前からここにあって、きっと自分が死んでも大きく変わらずにある。

そんな空間に、いま自分がいることの奇跡。

そこに、より短い寿命をもった鳥だとか、自分よりあとにこの世に産まれてきたこどもが居合わせるという小さな刺激がきっかけになって、「いま」というかけがえのない瞬間を、より強く意識したのでしょう。

小さな刺激が、心の中で大きくふくれあがって、胸がいっぱいになる。

 

そして、それに気づけるのは、小さな刺激にも敏感な人だけなのです。

 

「この瞬間が永遠に続けばいいのに」と言った瞬間、その過ぎ去った時はその人の中で永遠になる。

誰にも気づかれずに、ただ消えてしまうはずだった無数の小さな世界が、言葉によってよみがえる。

それを誰かに話し、書き、伝えることで、同じ時を生きていない誰かにも、その世界を届けられる。

 

それもまた、刺激に敏感な人がもつ大きな力なのです。

 

世界をふかめる、世界をひろげる – 千葉雅也「勉強の哲学」

この現代において、効率的な勉強法や、勉強によって得られるメリットを解説した本はたくさんあります。

けれども、そもそも「勉強」とはなんなのか、メリット・デメリットを含め、どのような変化を自分にもたらすのかをつきつめて考えることはそうありません。

そんな根源的な問いに挑んだのが、今回紹介するこちらの本です。

 

哲学を専門とする著者による、タイトル通り文字通り「勉強の哲学」を目指した本。

本編は原理編と実践編に分かれ、まず「勉強」の目的からつきつめて考えた上で、著者なりの「勉強の方法」を解説するという入れ子のような構造になっています。

 

一部は哲学の用語を使っていながら、それはすべての勉強、学問に通じるところがあります。

学術的な専門分野がどんどん細分化されていくように、勉強はつきつめればどこまでも深くなり、一生かけても、あるいは数世代かけてもきりがない。

専門家ではないわたしたちは、それをどこかで中断する必要があります。

中断して、いったん仮に固定するのだけれど、勉強は継続しなければならない。

近い分野の本、あるいはまったく別の分野の本を読みしながら、勉強したことの比較検討を続ける。

 

それはたとえば、科学的思考法に近いと感じます。

実験を繰り返して、たしからしいと思われたことを「仮説」としていったん固定しつつ、新しい実験結果が出ればその仮説はいつでもひっくり返る。

そうやって、常に検証を行い、変化を恐れないことこそがあるべき勉強へのつきあい方なのです。

 

また、そのような勉強の中断のために利用するのが「享楽的こだわり」、つまりは自分の個性。

どんな人であっても、人それぞれの個性、なんだかわからないけれど好きなものがあるでしょう。

 

わけもなく好きなフォントがあったり。

好きな色、好きな匂いというものがあったり。

 

そんなこだわりがどうしてつくられたかを考えるための手法として紹介されているのが、自分の「欲望年表」をつくることです。

自分の人生における出来事と、それに関連する社会的な出来事、さらに何故か印象に残っていることを年表の形で書き出していく。

そこから導き出されるキーワードをつなぐことで、人生のコンセプトを見つけ出すことができるといいます。

 

そんなコンセプトによって勉強は突き動かされ、あるいは逆に、勉強によってそれが変わっていくかもしれない。

そうして、自分の世界はよりひろがっていくことになるのです。

 

※今回の本は名古屋・関西・東京で開催されている猫町倶楽部の読書会、アウトプット勉強会の課題本でした。

関西(大阪)の開催は2017/6/17(土) で、まだ参加者募集中のようなので、興味があれば参加をおすすめします!

【大阪で開催】千葉雅也「勉強の哲学 来たるべきバカのために」 |猫町倶楽部 -猫町倶楽部の読書会-

「猫町倶楽部」とは、名古屋アウトプット勉強会・東京アウトプット勉強会・文学サロン月曜会などを開催する日本最大級の読書会コミュニティです。

 

ハードルは越えるもの、伏線はたぐり寄せるもの

先日、人生において、いつかはやりたいと思っていたことのひとつを達成しました。

それ自体は、今のところ「凪の渡し場」とは直接関係はないので、詳しくは触れません。

ただ、わたしの中で、やってみたいけれどハードルが高いと思っていたことなので、同じようにやりたいことのハードルを越えたいと思っている人に向けて、お話してみようと思います。

 

そう、問題はこの「ハードル」ということば。

こどものころから運動神経が良いほうではなく、とくにハードル競走や跳び箱といった、文字通り目の前に障害物が立ちふさがっているような競技が苦手でした。

よく、心理的な抵抗をなくすために「ハードルを下げる」という言い方をしますが、高かろうと低かろうと、そもそも立体的なハードルがある時点で、飛べる気がしないのです。

 

そこで、視点を変えてみます。

目の前にあるものを、ハードルではなく、伏線だと考えてみるのです。

 

何度も書いているように、わたしは人生を伏線の張りめぐらされた物語だととらえています。

伏「線」とは言いながら、それは一方向に伸びるものではなく、網目のように面として広がったものというイメージです。

ただ、いずれにしても、それは立体的な高さのあるものではありません。

障害物競走で言えば、ハードルよりも、網の中に潜り込むもののほうが、それほど抵抗を感じずに飛び込むことができます。

網をたぐっていけば、いつかはゴールにたどり着くのだから。

 

あるいは、自分がいる現地点を基準にして、まわりに無数の伏線がひろがっていると想像してみてもいいでしょう。

 

ひろがった網を、目をこらして一本一本たどっていけば、過去の意外な伏線を見つけることができます。

大きな目標であったとしても、過去からの伏線がたくさんつながった結果として達成することができる。

それを楽しみに、小さな伏線をたくさん作り出していくほうが、一度に高いハードルを越えようとするよりも、気が楽になります。

 

そう。

伏線は過去だけではなく、未来にもひろがっているもの。

 

最初に、今回達成したことは「今のところ」凪の渡し場とは関係ないと言いました。

実はこの表現自体、この記事のなかですぐ回収される伏線だったのです(笑)。

今回のことは過去のさまざまな伏線がつながり、実生活で関わりのある多くの方の協力で実現することができました。

そして、この経験から、今後「凪の渡し場」のテーマと結びつける形で同じようなことをやるにはどうすれば良いか、ということを今まさに考えています。

 

まだ具体的に話すことはできないので、何を言っているのか伝わらないであろうことが申し訳なく思いつつ。

いつか未来に、あの日のことは、このことの伏線だったのか、と思ってもらえる日が来ることを願います。

原爆ドームと広島のまちを俯瞰する視点 – おりづるタワー

広島のまちの風景といえば、原爆ドームを思い浮かべる方も多いでしょう。

昭和20年8月6日。あの日以来、時を止めてしまったようなその光景は、何度訪れても胸がいっぱいになります。

 

その原爆ドームの東隣に、2016年(平成28年)、おりづるタワーという施設がオープンしました。

おりづるタワー HIROSHIMA ORIZURU TOWER

今まで見たことも感じたこともない空間、「おりづるタワー」は世界遺産・原爆ドームの隣にオープンした新しい観光名所です。

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1Fの無料開放エリアは、カフェと物産館になっています。

握手カフェと名づけられたこちらでは、もみじ饅頭アイスや、広島風お好み焼きをタコス風スティックにした「オコス」など、オリジナルメニューが盛りだくさん。

お好み焼きは食べたいけれど、ちょっと量が多い…というときにも良さそうです。

それまで原爆ドーム周辺に少なかったお土産屋を含め、繁華街である紙屋町・本通への回遊性も考えられています。

有料スペースとなっている展望台の入館料は、おとな1700円。後述する「おりづる投入」を体験する場合は+500円かかります。売上の一部は原爆ドーム保存や広島市の平和推進事業にあてられるとのこと。

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展望台へは、スロープか直通エレベータで向かいます。かなりの高さがあるので、健康面に不安のある方はエレベータを使いましょう。

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12Fでエレベータを降り、屋上展望台・ひろしまの丘へ。

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これは小塚ゴシックでしょうか。

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正面階段を上ると、一気に視界が開けます。

 

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原爆ドームはもちろん、広島平和記念資料館、旧広島市民球場まで、広島のまちが一望できます。よく晴れた日には、瀬戸内海や、宮島の弥山まで見渡せるのだとか。

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これまでも、そごうの高層階から部分的に見渡せるところはありましたが、ここまでのパノラマで平和記念公園を見下ろす視点は無かったのではないでしょうか。

この体験を設計したのは、瀬戸内国際芸術祭の舞台でもある犬島精錬所・直島ホールなどを手がけた三分一博志さん。
配布されていたフリーペーパーによると、広島の「風と水のリズム」を感じてほしいとのこと。

三分一さんは、おりづるタワーのオーナーであり、広島マツダの社長を務めていた松田哲也さんの同級生という縁でビルの改装を頼まれたそう。

現代の広島のまちの魅力を伝えるという想いが伝わってきます。

 

平和記念公園をずっと眺めていると、修学旅行生がひっきりなしに訪れる様子が見えます。

原爆ドームは時間が止まっているように見えて、その周辺は、絶え間なく移り変わっていきます。

 

 

ひとつ下の12F。ここでは原爆ドームを、また違った視点で見つめることができます。

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原爆ドームが原爆の被害を受ける前、そこは広島県物産陳列館でした。その建物を設計した建築家、ヤン・レツルにまつわる展示。

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また、原爆の爆心地はドームではなく、少し離れた島外科内科。その場所も、ぜひとも記憶にとどめておきたい。

 

その横、おりづる広場は、折り鶴をモチーフとした体験スペースになっています。

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そしてここで、自分で折った鶴を、ビル壁面の空間、おりづるの壁に投入することができます。
入館前は、500円は少し高いと思ってしまったのですが、ここに来ると、体験しないともったいないという気持ちに。

カウンターで5枚の折り紙を渡され、好きな数だけおりづるを作ります。

投入のことを考慮して、紙は少し固め。

折り方をおぼえていない人も、解説があったり、案内の人がいるので安心です。
折り目に沿って、模様がついた紙もあります。
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Processed with Rookie Cam

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3人家族にしてみました。

案内に従って、ガラス貼りのおりづるの壁へ。一羽ずつ、静かに投入していきます。

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まっすぐ下りていくものもあれば、ループを描いていくものも。
途中で引っかかって止まるものもあるそうです。

こうして、オープン以来、来場者の折ったおりづるが、少しずつ積み重なっていきます。

高さ50mの壁がいっぱいになるまでには、100万羽のおりづるが必要。いまのペースだと、数年はかかるとのこと。
いっぱいになったら、また再生紙として折り紙などに活用されるそうです。

ちなみに、平和記念公園に届いた千羽鶴はいままでも、障碍者支援事業と協力し、再生紙としてよみがえっています。

おりづる再生プロジェクトとは |おりづる再生プロジェクト

株式会社 文華堂 〒730-0042 広島市中区国泰寺町2-5-3 電話/082-241-2415 FAX/082-241-2459 …

 

想いは形を変えて、何度でもよみがえる。
スクラップ・アンド・ビルドで、この国は発展してきた。

そんなことを感じさせます。

 

帰りは、スロープでゆっくり下りていきました。

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漫画家・佐藤秀峰さんの作品も展示されています。

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これは違うサトウさん(^^;
おりづるタワーに合わせて設置したものではないと思いますが、まさか、こんな間近で見られることになるとは想像していなかったのではないでしょうか。

 

展望台は、当日であれば再入場可能とのこと。

今回は昼しか訪れることができませんでしたが、夕方や夜景も綺麗そう。

春には平和記念公園を桜が彩るということで、ぜひまた訪れたいですね。

 

四季折々や時刻の変化とともに移り変わる広島のまちを体感できる、新しい広島名所の誕生です。