擬人化フォントの学園生活 – フォント男子!

主にマンガ・アニメを中心としたカルチャーにおいては〈擬人化〉という表現手法があります。

実在の国や地域、商品、植物、はては細菌やら鉱物にいたるまで、あらゆる事どもを人(キャラクター)に見立てて、その特徴や個性を描き出すもの。

そしておそらく日本、いや世界初?のフォントを擬人化したマンガが、ヴァーニジア二等兵さんの「フォント男子!」です。

主人公はモリサワ学園に通うアンチックANくん。

マンガのフキダシによく使われるアンチック体をモチーフにしていて、組み合わせて使われることの多い太ゴB101が幼なじみと、フォントどうしの関係性が反映されています。

学園の名前からわかるとおり、フォントメーカーのモリサワが制作に協力しているため、生徒や先生もモリサワのフォントが勢ぞろいしています。

生真面目な明朝体のリュウミンくん、温和な丸ゴシックのじゅんくんなど、元になったフォントを知っていれば納得、知らなくてもキャラクターを思い浮かべるだけでフォントの名前を覚えられるようになるかもしれません。

2巻では街中(秋葉原)に出かけて看板に使われているフォントを見分けたり、いわゆる〈絶対フォント感〉を身につける授業が行われたりと、キャラクターと一緒になってフォントを学べる作品になっています。

KADOKAWA作品らしく「エヴァ」のフォントが「別の学校だけど」と匂わされる一幕も。これはフォントワークス学園とのライバル校対決があるのか、と思いきや2巻で完結というのが心残りですが、こんなふうにフォントを身近に楽しく学べる学園生活、あこがれます。

 

百万塔陀羅尼の縁がつなぐ、文字と印刷の歴史

今回はまず、こちらの画像をご覧ください。

バームクーヘンのような色と形がかわいい、これは百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)といいます。

 

作られたのは奈良時代、西暦765年(天平神護元年)から770年(神護景雲4年)にかけて。

時の天皇・称徳天皇の命によって、百万枚の陀羅尼(仏教の梵文を訳さずに唱える経文)を印刷し、それを小さな三重塔に入れて南都各地の寺に納めたものです。

なんと、つくられた年代がはっきりしている世界最古の印刷物なのだそう。

 

称徳天皇は聖武天皇の娘で、孝謙天皇として即位して譲位したのち、尼となってからふたたび天皇位につき、僧の道鏡を寵愛したことでも知られます。

天平神護や神護景雲という、日本史上他に類を見ない四字元号の時代は、中国や仏教への傾倒が強まり、それまでとは違うかたちの国づくりが行われていきます。

グーテンベルクの活版印刷術が、ルターの「42行聖書」を大量に複製するために生まれたように。

今までになく多くの人に教えをつたえ、ひろめる手段として、印刷という複製技術が活用されことは洋の東西を問いません。

その思いは、千年以上も経った後世の人々にも連綿と伝わっていきます。

 

さて、この百万塔陀羅尼、実はあちこちの博物館で見かけることができます。

 

まずは東京の印刷博物館、総合展示ゾーンに百万塔陀羅尼はあります。

写真撮影は禁止ですが、ミュージアムショップで手に入れられるガイドブックでも解説されています。

ちなみに、2019年1月20日まで開催中の企画展「天文学と印刷」展も、内容だけでなく展示の雰囲気も素晴らしいので必見です。

(企画展開催中は入場料一般800円・総合展示のみの入場は不可。企画展が開催されていないときは300円)

 

同様に期間限定ですが、丸善日本橋店などで開催されていた、京都外国語大学図書館の稀覯資料「世界の軌跡を未来の英知に」展でも見ることができました。

『百万塔陀羅尼』

No Description

愛知県では、西尾市岩瀬文庫の常設展示が行きやすいでしょう。写真撮影可能のため、冒頭の百万塔陀羅尼はこちらのものを使用しています。

ここも企画展や製本ワークショップなどもあって、本好きの方にはとくに楽しめる場所となっています。

 

関西の方なら、大阪のフォントメーカー・モリサワ本社ビルのMORISAWA SQUAREで、印刷とフォントの歴史を学ぶことができます。

見学には予約が必要ですが、セミナーやイケフェス大阪の日には無料で一般公開されます。

 

そしてもちろん、本家本元である奈良・法隆寺の大宝蔵院には、大量の百万塔陀羅尼が納められています。

(参拝料一般1,500円)

 

いずれも百万塔陀羅尼が主目的というわけではなく、気になるテーマの展示を見にいったり、友人に誘われて訪ねた場所で、ふと百万塔陀羅尼に出逢えるのは、とても幸運な縁を感じます。

とくに、年末にひょんなきっかけで訪れた法隆寺で百万塔陀羅尼に再会したことで、その由来をしっかり調べ直す気になり、このブログ記事を書くことができました。

来年も、良いご縁がありますように。

 

アドビのフォントサービス Typekit が Adobe Fonts にリニューアル

アドビといえば、Photoshopなどのデザイナー、クリエーター向けアプリ・サービスで有名です。

そんな Adobe CreativeCloud 会員向けに、これまでTypekitというフォントサービスが提供されていました。

そのTypekitが2018年10月15日にリニューアルされ、Adobe Fonts という名前に生まれ変わったそうです。

Adobe Fonts

Adobe Fonts partners with the world’s leading type foundries to bring thousands of beautiful fonts to designers every day. No need to worry about licensing, and you can use fonts from Adobe Fonts on the web or in desktop applications.

これまでにあった使用フォント数の制限などがなくなり、Creative Cloud のすべてのプランで、提供されるすべてのフォントが使い放題になるそうです。

わたしはCreative Cloud を契約していないのですが、IDを取得することでCreative Cloud無償版プランに加入することができ、この状態でも一部のフォントは使うことができるようです。

モリサワやフォントワークスといった大手のフォントメーカーのフォントに加え、アドビ自体が開発するフォントも多数搭載されています。

中でも注目なのは、2017年にリリースされた貂明朝(てんみんちょう)です。

「貂明朝」は日本語フォントの新たな領域へ

(この記事中の貂の写真はすべて Adobe Stock で見つけることができます) この記事の目的は、 Typekit から提供される「 貂明朝」(Ten Mincho) の書体とフォント開発について技術的詳細を説明することにあります。貂明朝は、これまでどんな日本語フォントも到達しなかった領域に足を踏み入れました。貂明朝の書体デザインについての詳細については、Typekit Blog 上の 公式アナウンスメント ( 英語) の方をご覧ください。この長文の技術的な記事よりも、そちらの方に興味を持たれるかもしれません。公式アナウンスメントに述べられているように、この新しい Adobe Originals の和文書体にはユニークな特長が数多くあります。そのため、日本や各国の書体メーカー、タイプデザイナーの方々はこの書体からインスピレーションを受けられることでしょう。 貂明朝は 9,117 グリフを含み、RegularとItalicの二つの書体を提供していますが、特殊用途用の Adobe-Identity-0 ROS (Registry、Ordering 及び Supplement) に基づく CID-keyed OpenType/CFF フォントの一つでもあります。現在では特殊用途用の ROS に基づくオープンソースのフォントは多数存在し、そのほとんどが GitHub から入手可能ですが、その ROS を用いるアドビの二番目の書体が貂明朝です。 かづらき が最初のフォントでした。 オープンソースの 源ノ角ゴシック (Source Han Sans) と 源ノ明朝 (Source Han Serif) という二つの

貂というイタチ科の動物や鳥獣戯画をモチーフに、これまでにない「かわいい明朝体」というジャンルを切り開いています。

こちらのページで試し打ちができるのですが、ゆきだるまなどの絵文字を入力すると、かわいい貂の絵文字に変身するという、さりげない作り込みが素敵です。(スマートフォンから開いた場合、☃のようにカラー絵文字で入力すると変換されないようです)

貂明朝を表紙に使った本も見つけました。「い」や「こ」の筆がつながっている形は伝統的な明朝体によく見られるのですが、まるっとしてかわいらしいです。

日本の明朝体を読みなおす – 月刊MdN 2017年10月号特集:絶対フォント感を身につける。[明朝体編]

すっかり季節も秋めいてきました。

昨年(2016年)の記事 読書の秋、フォントの秋。文字を特集した雑誌を読みくらべ で紹介した雑誌「月刊MdN」では、今年もフォントの特集が組まれています。

 

今回は「絶対フォント感を身につける。[明朝体編]」。

日本語フォントの中でも基本と言える明朝体だけに、骨格が似通っていて、なかなか見分けることはむずかしい。

けれど、今でも毎年、いくつもの明朝体フォントがこの世の中に生み出されています。

ということは、それぞれにコンセプトがあり、それを主張できるだけの、ほかのフォントにはない違いがあるということです。

 

本書では、明朝体を歴史的な観点から「レトロ系」「ベーシック系」「アップデート系」の三つにざっくりと分類した上で、それぞれのフォントの特徴と見分け方を解説していきます。

レトロ系とは、かつての金属活字の時代に使われていたフォント、あるいはその影響を強く受けたフォントとしています。

その二大巨頭が築地体秀英体。

活字で組まれた古い本をめくれば、今からすると文字組も小さくでちょっと読みにくい、けれどやっぱり、その時代ならではの味わいがあります。

 

アップデート系は逆に、現在主流の、横書きやディスプレイ上でも見やすいように新しくデザインされたフォントたち。

MacやiPhone、iPadなどアップル製品に標準搭載されているヒラギノ明朝体をはじめとして、今も多くのフォントが生まれています。

 

この中間にあるのが、ベーシック系。モリサワのリュウミンなど、安定感のあるオーソドックスな明朝体です。今回の記事も本文にリュウミンを使用しています。

筑紫明朝もベーシック系に入れられていますが、そのバリエーションである筑紫Aオールド明朝や最近リリースされた筑紫Q明朝などはレトロ系に分類されています。

わたしの場合、筑紫シリーズを目にしたら、レトロ系とかベーシック系とか考える前に一瞬で絶対フォント感が発動するくらい、大好きなフォントです。

ぜひ、この本で、あなたもお気に入りの明朝体を見つけてみてください。

 

たとえば秋の観光シーズン。

まちなかや旅行先で修学旅行生たちとすれ違ったとしましょう。

彼ら、彼女らはみんな同じ制服を着ていて、大人の目からは見分けがつきません。

けれど、その子たち自身は、何ヶ月も、何年も同じ時間を共有していて、お互いの個性もわかっている。

仲良しの関係もいたり、ひっそりと想いを寄せる相手もいたり。

 

フォントも同じことです。

みんなちがって、みんないい。

 

この世に同じ人間がいないように、同じ明朝体はひとつとしてないのです。

 

教えるフォント、学ぶフォント – 教科書体

日本各地で雪模様となった土日、大学入試センター試験が執り行われました。

受験生のみなさんも、まわりに受験生がいる人も、落ち着かない週末になったかもしれません。

さて、そんな受験シーズン、名古屋の駅構内には、こんな広告が出ていました。

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河合塾は、名古屋を本拠地とする予備校。

大学受験の予備校 河合塾

大学受験の予備校、学校法人河合塾の公式ウェブサイトです。大学受験の予備校、学校法人河合塾の公式サイトをご利用ください。

わたしは予備校に通ったことはないのですが、高校時代、模試や参考書(河合出版)でお世話になりました。

河合塾千種校のそばには、ちくさ正文館書店もあるので、いまでもなんとなく親近感をおぼえています。

 

そんなわたしでなくても、きっと日本で学校教育を受けた人なら誰しも、なんとなく懐かしさを憶えてしまうであろう、このフォント。

国語の教科書などで使われることを想定した、モリサワの教科書ICAと思われます。

教科書ICA R | 書体見本 | モリサワのフォント

「教科書ICA」は、教育分野に必携の書体です。筆書きの楷書体から生まれた教科書体は、一点一画が分かりやすいように字画が整理されてきました。現代では毛筆の勢いは抑えられて硬筆的な書風が一般的になっており、字を習うための規範となる形が素直に表されています。字形は、文部省発行「小学校学習指導要領」に準拠していますので、教科書、参考書、副読本、学習塾テキストなどの用途に安心してお使いいただけます。

 

日本語フォントのスタンダードといえば明朝体ですが、歴史的経緯から、書き文字とは異なる骨格になっています。

それこそ「」という文字の縦棒も、手で書くときはまっすぐに伸ばさず、ちょっと猫背に書くはず。

漢字をおぼえはじめる子供たちが、そういった違いで混乱しないように、特別にデザインされたフォント、それが教科書体です。

 

児童、生徒にとってはあたりまえのように触れてきた、学ぶためのフォント。

でも、実は一文字一文字、教わる相手のことを思って作られた文字なのです。

 

これまで毎日、一歩一歩、着実に踏みしめた足取り。

その力を出し切れば、きっと花は咲く。

 

そんなメッセージにふさわしいフォントです。