忘却するわたしたちの、夢と現実を区別するもの

人は忘却する存在です。

小説家・西尾維新の作品に、一日ごとに記憶がリセットされる「忘却探偵」掟上今日子を主人公とするシリーズがあります。

今日子さんほどでなくても、わたしたちは毎日、いろいろなことを忘れていきます。

朝起きたとき、見ていた夢のことをすぐ忘れてしまうように。

現実にあったことも、時間がたてば忘れてしまいます。

しっかり記憶したつもりでも、現実にあったことなのか、夢だったのかさえ、あいまいになることも。

 

では、夢と現実を区別するものはなんでしょうか。

 

それは、現実に起きたことは忘れないように文章や写真で記録したり、モノとして形にすることができる点。

夢の中で建てたお城は、どれだけ大きくても目を醒ませば消えてしまうけれど、現実で作ったものは、どれだけ小さくても残ります。

 

まさしく、区別するモノ。

その意味で、モノは自分の記憶を構成する一部であるともいえるでしょう。

 

今日子さんは探偵としての守秘義務のため、自分の身元を証明するものや、記録をいっさい残しません。

唯一の記録は、彼女自身の体に書かれた備忘録。

シリーズ最新刊「掟上今日子の旅行記」では、それを犯人に悪用され、自分がエッフェル塔を盗む「忘却怪盗」であると誤認識させられてしまいます。

 

モノによって揺らぐ、探偵・掟上今日子という存在。

わたしたちも、不意にそんな気持ちを実感することがあります。

 

LINEのトーク履歴が消えてしまったとき。

パソコンに保存していた写真や日記が消えてしまったとき。

あるいは、大切な思い出の品をなくしてしまったとき。

 

自分の体の一部がなくなってしまったような幻視、喪失感をおぼえます。

 

だからこそ、データはこまめにバックアップして。

旅行に行ったときは、自分や誰かのために、大切な思い出にしたいお土産を買うのでしょう。

 

 

今日子さんは旅行に行ってもお土産を買うことはないでしょうけれど。

西尾作品の中でも最速の刊行ペースで掟上今日子の「記録」が形として残されていくのは、そんな意味合いもあるのかなと感じます。

 

 

【祝】西尾維新デジタルプロジェクト・戯言シリーズアニメプロジェクト – 西尾作品をフォントで紹介してみる

人気作家・西尾維新の全シリーズの電子化が発表されました。

さらに、デビュー作の戯言シリーズもついにアニメ化決定。

 

「京都の二十歳」というキャッチフレーズもなつかしい、デビュー以来ずっと小説で追いかけてきたファンとしては、期待半分・不安半分といったところ。

化物語がアニメ化されるまでは、あの特異な文体とストーリーはアニメ化できないと思っていた原作読者は少なくなかったはず。

しかし、小説の持ち味を生かした独特の文字演出によって違和感を帳消しにするという発想の転換には驚きました。

 

今回は、主にそんなフォントにまつわる観点で、西尾作品を紹介していきます。

 

まずは、その記念碑的アニメ化を果たした〈物語〉シリーズ



原作小説、およびアニメのタイトルロゴは、宋朝体に斜体をかけたフォントが使われています。
宋朝体というのは、明朝体よりももっと前、宋の時代の木版印刷をもとにしたフォントで、ちょっと楷書の雰囲気があります。

吸血鬼や怪異といったファンタジー要素がありつつも、キャラクターどうしの雑談が楽しい、普遍的な学園生活・青春を描いた作品だということがうかがえます。

また、アニメ作中の字幕では「HG明朝B」が使われていることが明示されています。

放映当時、なにかのスタッフインタビューで読んだところによると、原作小説の講談社BOXが同じく本文使用書体を明示していることへのリスペクトだそうな。

 

このHG明朝、実は、Windowsに搭載されている「MS明朝」や「MSゴシック」と同じく、リコーが開発したフォントなんですね。

 

 

ふしぎなことに、劇場版の「傷物語」でだけ、原作と同じフォントワークスの筑紫明朝が使われているみたいなのですよね。

筑紫明朝はそのうち別途取り上げる予定ですが、文字のメリハリがついていてとても引き締まった印象を持つフォント。

 

予算の違いか、劇場の大画面での見栄えを想定したのか、はたして。

 

 

次はドラマ化もされた「掟上今日子の備忘録」にはじまる〈忘却探偵〉シリーズ



と、そのフォントを調べようとしたら、既に書かれているブログを見つけました(笑)

掟上今日子の備忘録のロゴはあの超有名フォントだった話 | YLCL -ユリクリ-

でも、他の人が同じこと書いてたとしても、わたしの視点で紹介してほしいと尊敬する後輩に言われたので、このまま進めます(^^;

 

原作小説やドラマのタイトルロゴは、やはりリコーの「HG明朝L」、または「MS明朝」。

ドラマ公式サイトの文章はWebフォントではなくて画像化されているのが残念ですが、モリサワの「リュウミン」が使われているように見えます。

作中の字幕や小物に使われているフォントは「リュウミン」か「小塚明朝」か迷うところ。

推理作家・須永昼兵衛の著作99冊、もっと高い解像度で全部表紙を見たい(笑)

Blu-rayの特典に…ないかな。

いずれにしても、西尾作品の中ではもっともオーソドックスなつくりで楽しめる作品になっているので、フォントもとても端正なもの。

 

 

そして、戯言シリーズのスピンオフシリーズのひとつ、人類最強の請負人・哀川潤が活躍する〈最強〉シリーズ


タイトルロゴはとても角の切れ味が鋭い明朝体で、ちょっとまだ何のフォントかわかりません。既製フォントを加工したものかも?

さておき、今回の各種発表もされたこちらの公式サイトでは、光朝フォントが印象的に使われています。

purelove

(説明のためスクリーンショットを引用します)

光朝はデザイナーの田中一光さんの文字をもとにしたフォントで、非常に横棒が細いのが特徴。
その横棒がアニメーションで点滅しつつスクロールする、潤さんにも負けず劣らず力強いデザインです。

 

 

ほかにも、まだまだ西尾作品には印象的なフォントを使ったタイトルがあるのですが、長くなったのでこのくらいで。

今回紹介した明朝体ベースのものだけでも、実にバリエーション豊かだということがおわかりいただけたかと思います。

小説の中身も同じく、どれをとっても個性的で刺激的。

 

電子化を機に、もっといろんな作品に触れる方が増えることを願います!