好きを発信する、夢をかなえる – 夢の猫本屋ができるまで

好きなことを仕事にする。

夢に描いた暮らしを実現する。

 

そんな言葉に、わたしたちは憧れをいだきます。

 

そんなにうまくはいかない、仕事にすれば辛いこともある、なんて理性的な言葉を口にする人はいるでしょう。

けれども、そうやって傍から意見を言うだけの人よりも、実際に動いて、夢の中心にたどり着いてしまった人のほうを、わたしは尊敬します。

この本は、そんな本です。

以前にネコと一緒に考える – 猫本専門店 Cat’s Meow Booksという記事でも紹介した猫本専門書店のオープン前後の経緯を、ライターの井上理津子さんが取材したものです。

店主となる安村正也さんは、ネコと本、さらにビールが大好きで、それらに囲まれて暮らしたいという夢を持っていたそう。

しかし、現在、ネット書店でもない、新刊書店を日本で新たにオープンすることは非常に困難な状況です。

それでも、安村さんは本屋さんや本に関するイベント・講座に通い、本屋開業を成功させるための柱となる4つの事柄にたどりつきます。

その4つの柱は、こちらのとおり(本文18ページから引用しています)。

  1. 「本×○○」のかけ算にして、その要素はありきたりでないモチーフにすること
  2. 別の職業を持っていることを強みにし、しばらくその職業をやめないこと
  3. メディアの取材記事に取り上げてもらいやすいように、コンセプトを固めること
  4. 広報手段に、名刺、ロゴ、ウェブサイトを持つこと

○○というのは、言うまでもなくネコ。

実際に「Cat’s Meow Books」を訪れるとわかるとおり、新刊も、猫たちが自由に闊歩する古本コーナーも、その棚は猫というテーマで統一されながら、実に奥が深いものになっています。

単にかわいい猫の写真集だけが並んでいるだけではなく、文学、美術、民俗学と、およそ一般的な本屋さんの棚に見られるであろうジャンルのすべてに、するりとネコが入り込んでいることがわかります。

本屋としてもじゅうぶんに素晴らしい。

しかも本物の猫もいて、「水曜日のネコ」をはじめとするビールも飲める。

近くに住んでいたら通い詰めてしまうに違いありません。

戦略としてネット販売はしないそうですが、店のコンセプト保護やフランチャイズ展開も見据えて商標権を取得しているそうですので、いつか名古屋店ができたりしないかと夢想しています(むしろ関わりたい、とさえ思います)。

 

そう、夢は描くだけではなく、実際にどうしたら実現できるか考えることが大切です。

さらには、自分の好きなことを発信することが大切です。

 

安村さんは以前から、ビブリオバトルという、自分が面白いと思った本を持ち寄って紹介するイベントを続けてきたといいます。

自分の好きなことを、どうやってまわりの人にも面白く感じてもらえるか考えながら伝える。

そこから、思わぬ共感の場がひろがって、何かが動き出すかもしれない。

それが「Cat’s Meow Books」を開くまでのみちのりに重なっていくようです。

 

本書には夢の空間を現実化するまでの、そして維持し続ける苦労が描かれつつ、同時に猫的な楽観主義が随所に顔を出して、なんだかとても幸せな気持ちになります。

応援したくなる気持ちとともに、自分の生き方にも力強い後押しを与えてくれた一冊でした。

筒井康隆の浸透と拡散

わたしが敬愛する作家・筒井康隆の半世紀以上の創作活動に迫る特別展が2018年(平成30年)12月9日(日)まで東京の世田谷文学館で開催中です。

https://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html

会期中には必ず足を運ぶつもりですがしばらく行けそうにないので以下この記事では筒井さんをテーマにしたムックを紹介します。

 

副題は「日本文学の大スタア」。異端のフォントデザイナーと呼ばれる藤田重信さんの筑紫Cオールド明朝と筑紫アンティークゴシックが稀代のトリックスターである筒井康隆という作家にぴったりです。

作家としてのデビューは1960年。江戸川乱歩に見出され瞬く間に日本SF第一世代を代表する作家となりました。ムックには同世代の星新一・小松左京との対談も収録されています。

街中のいたるところに監視カメラが設置されメディアに人々が支配される世界を描いた「48億の妄想」など半世紀後の社会を予見していたかのような作品はいまでも人気が高いです。

現実が小説に追いついたのかあるいはこの現実自体も筒井康隆の小説が生み出した世界なのか。

 

たとえばわたしが生まれたのはずっと後の世代ですけれども子供のころ街の本屋さんへ行き文庫本の棚に向かえばそこに筒井康隆の作品がずらりと並んでいた記憶が思い起こされます。

もっと上の世代の読者に愛され読み継がれてきたからこそ作品は残りそうやって後の世代また後々の世代と誰もが筒井作品を手に取れる世界が実現したのです。

 

たとえば何度となく映像化された代表作「時をかける少女」も最初の原作や映画がありそれを観た人が作り手となった時代にそれを乗り越えようとして新しい映画が作られ続けていくのです。

「タイムリープする少女」という設定自体もはや小説やアニメにおけるひとつのジャンルとして定着してしまっています。

 

たとえばパソコン通信黎明期に朝日新聞に連載され読者からの投稿によって物語の展開が変わっていく「朝のガスパール」など現実と虚構を行き来する作品も数多くあります。

 

ひとりの作者が書いたフィクションが現実を取り込みあるいは現実を変えていく。

 

筒井さんはSFというものが小説の一ジャンルを超えて一般化・多様化していったことを〈浸透と拡散〉と表現しています。

その言葉を借りるならばこれはまさに筒井康隆の浸透と拡散。

 

この文章があらゆる意味で筒井康隆を読んでいなければ生まれ得なかったように(だから文体もあえていつもと違います)。

筒井康隆を読んだことのある人もない人も、筒井康隆の生んだ世界に囲まれて生きているのです。

 

アドビのフォントサービス Typekit が Adobe Fonts にリニューアル

アドビといえば、Photoshopなどのデザイナー、クリエーター向けアプリ・サービスで有名です。

そんな Adobe CreativeCloud 会員向けに、これまでTypekitというフォントサービスが提供されていました。

そのTypekitが2018年10月15日にリニューアルされ、Adobe Fonts という名前に生まれ変わったそうです。

Adobe Fonts

Adobe Fonts partners with the world’s leading type foundries to bring thousands of beautiful fonts to designers every day. No need to worry about licensing, and you can use fonts from Adobe Fonts on the web or in desktop applications.

これまでにあった使用フォント数の制限などがなくなり、Creative Cloud のすべてのプランで、提供されるすべてのフォントが使い放題になるそうです。

わたしはCreative Cloud を契約していないのですが、IDを取得することでCreative Cloud無償版プランに加入することができ、この状態でも一部のフォントは使うことができるようです。

モリサワやフォントワークスといった大手のフォントメーカーのフォントに加え、アドビ自体が開発するフォントも多数搭載されています。

中でも注目なのは、2017年にリリースされた貂明朝(てんみんちょう)です。

「貂明朝」は日本語フォントの新たな領域へ

(この記事中の貂の写真はすべて Adobe Stock で見つけることができます) この記事の目的は、 Typekit から提供される「 貂明朝」(Ten Mincho) の書体とフォント開発について技術的詳細を説明することにあります。貂明朝は、これまでどんな日本語フォントも到達しなかった領域に足を踏み入れました。貂明朝の書体デザインについての詳細については、Typekit Blog 上の 公式アナウンスメント ( 英語) の方をご覧ください。この長文の技術的な記事よりも、そちらの方に興味を持たれるかもしれません。公式アナウンスメントに述べられているように、この新しい Adobe Originals の和文書体にはユニークな特長が数多くあります。そのため、日本や各国の書体メーカー、タイプデザイナーの方々はこの書体からインスピレーションを受けられることでしょう。 貂明朝は 9,117 グリフを含み、RegularとItalicの二つの書体を提供していますが、特殊用途用の Adobe-Identity-0 ROS (Registry、Ordering 及び Supplement) に基づく CID-keyed OpenType/CFF フォントの一つでもあります。現在では特殊用途用の ROS に基づくオープンソースのフォントは多数存在し、そのほとんどが GitHub から入手可能ですが、その ROS を用いるアドビの二番目の書体が貂明朝です。 かづらき が最初のフォントでした。 オープンソースの 源ノ角ゴシック (Source Han Sans) と 源ノ明朝 (Source Han Serif) という二つの

貂というイタチ科の動物や鳥獣戯画をモチーフに、これまでにない「かわいい明朝体」というジャンルを切り開いています。

こちらのページで試し打ちができるのですが、ゆきだるまなどの絵文字を入力すると、かわいい貂の絵文字に変身するという、さりげない作り込みが素敵です。(スマートフォンから開いた場合、☃のようにカラー絵文字で入力すると変換されないようです)

貂明朝を表紙に使った本も見つけました。「い」や「こ」の筆がつながっている形は伝統的な明朝体によく見られるのですが、まるっとしてかわいらしいです。

人生を楽しむ知恵のもと – ライフハック大全と筒井康隆わかもとの知恵

 

ライフハック、という言葉があります。

〈ライフ〉=人生を〈ハック〉=問題解決するという意味で、2004年に生まれた造語だといいます。

いまや身近になったパソコンやスマートフォンなどのデジタルツールを利用したり、さまざまな人が編み出した時間管理、タスク管理の手法を紹介する〈ライフハック〉ブログが世の中にはたくさんあります。

その代表的な存在のひとつであるLifehacking.jpを運営する堀正岳さんが書かれた「ライフハック大全」という書籍を読みました。

この本には「人生と仕事を変える小さな習慣250」という副題がついています。

ブログで紹介されたライフハックをベースにしながらも、仕事術や効率化といった面を追い求めるあまり薄れてしまった「人生をもっとラクにしよう」「もっと楽しくしよう」というメッセージに立ち返って執筆されたといいます。

「人生を変える7つのライフハック」が紹介されたあと、大きく8つの章に分けて、すぐに使える、ずっと使えるライフハック術が紹介されていきます。

 

この本を読んで、ぜひ一緒に紹介したい、ある本が頭に浮かびました。

それが、筒井康隆『わかもとの知恵』です。

ライフハックから筒井康隆を思い浮かべる人は、あまりいないかもしれません。

(それこそHACK249「変」であること、かもしれません)

けれど、小学生の頃から筒井康隆の小説に魅せられ、その文体から、発想から、あらゆる面で人生に大きな影響を受けているわたしにとっては、ごく普通のことでした。

そもそも、この本自体、筒井さんが幼少期に読んだ『重宝秘訣絵本』という小冊子が元になっています。

これは「強力わかもと」で知られる現・わかもと製薬が、戦前・戦中に錠剤わかもとの付録として刊行したものだそうです。

その時代の生活に役立つ知恵をもとにしながらも、さらに筒井さんの視点、体験を加え「子供に役立つ知恵」「おどろきのある知恵」「なるほどと思わせ、納得させる知恵」の三翻(サンハン)縛りで執筆したといいます。

それぞれ〈わ〉〈か〉〈も〉〈と〉〈の〉〈知恵〉という頭文字からはじまる6つの章で、台所、身のまわり、人とのつきあいなど、100を超える知恵が、絵本画家のきたやまようこさんによる挿絵とともに、ユーモラスに語られます。

 

出そうなあくびを止める知恵。

つかれない休み方の知恵。

相手の名前が思い出せないときの知恵。

いいアイデアを出す知恵…。

よく聞かれるものも、いかにも筒井さんにしか書けなそうなものも、色とりどり。

 

この本の副題は「覚えておくと一生役に立つ」です。

それは、知恵を身につけることで、人生を変えることができる、と言い換えることもできます。

 

あとがきで筒井さんは、何か困ったことがあれば、この本に書かれていないとわかっていることでも、この本を開いてみることを薦めています。

知恵も、ライフハックも、それぞれは小さな手法であり、長い人生のなかの、ある特定のケースにしか通用しないかもしれません。

それでも、それを学ぶことに意義はあります。

 

先人たちが生み出した、さまざまな手法や考え方を知って、それを今の自分にあてはめてみる。

あるいは、どうしたらもっとうまくできるか考えてみる。

それが、自分だけの人生を楽しく生きることにつながっていきます。

 

明朝体という川の流れ – 月刊MdN 2018年11月号 特集:明朝体を味わう。

なんだか今年(平成30年)は季節外れの高温が続いていますが、この時季になると例年、「月刊MdN」をはじめとした雑誌でフォントに関する特集が組まれます。

今年も期待に違わず実りの秋となりました。

表紙に書かれた謳い文句は「ワインのテイスティングのように明朝体を味わう。明朝体ソムリエになりたい」。

どこまでがテーマ名なのかよくわかりませんが、〈明朝体を味わう。〉だけは秀英明朝で組まれていて、それ以外は秀英丸ゴシックなので、真ん中だけが正式なテーマ名なんでしょうね(笑)。

付録の書体見本帳も、「明朝体テイスティングリスト」という体裁になっています。

 

明朝体だけに、名は体を表す。

明治から平成に至るまで、この日本に生まれた明朝体の数々を、デザイナー、研究家、あるいはフォントや印刷会社に勤める関係者に取材し、それぞれの特徴を多角的に味わう構成になっています。

ひとつひとつのフォントが詳しく見開きで紹介されていますが、それらは独立して生まれたわけではありません。

ワインの元になるブドウが交配を重ね、あるいは品種改良が進められたように、明治時代、活版印刷が輸入されて生まれた日本の明朝体は、活字から写植、現代のデジタルフォントという歴史の中で、あるフォントがあるフォントに影響を受けたりしながら、何世代にもわたって使われ続けています。

あるいは「水のような、空気のような」と評される明朝体フォントだけに、最初は小さなせせらぎが、やがて大きな川の流れとなり、幾重にもわかれ、また合流をくりかえす、そんな壮大な景色も浮かんできます。

たとえば、Windowsに搭載されているMS明朝のようなありふれたフォントも、金属活字の本明朝がルーツになっています(ちょうど本文の説明部分が脱落しているのが惜しい)。対するにmacOSに搭載されているヒラギノ明朝は、写植時代の本蘭明朝を意識したといいます。

 

明朝体はとりわけ、小説などの「ものがたり」を語るのにふさわしいフォントだとされます。

それは、水のように個性を抑えて文章をつむぐための存在でありながら、それ自身が、深い歴史性、ものがたりを裡に秘めているからなのかもしれません。