2021年6月の読書マップ – AIと不確実性の未来へ

令和3年6月の読書マップです。

この読書マップ、いくつも書いていると自分の嗜好・思考があからさまに出てきて、すこし恥ずかしいですね。わたしのことを知っている人は読まないでください(笑)。

スタートは先月の読書マップ「きっとあの人は眠っているんだよ 穂村弘の読書日記」から「シンジケート」へ。穂村さんが三十年前、28歳のころに自費出版したデビュー歌集が新装版としてよみがえりました。
いわゆる〈ニューウェーブ短歌〉の代表作として断片的に知っている歌はあっても、一冊の歌集として束になってかかってくると、よりその印象は鮮烈です。
新装版の装丁は名久井直子さん、透明カバーにコデックス装の綴じ糸がかわいくて素敵です。オンラインの刊行記念イベントでも言われていたとおり、本棚に挿した状態でも綺麗なのがポイントです。

穂村さんの読書日記でも、「大山康晴の晩節」など将棋に関する本は多く取り上げられていました。
今回は、違うラインナップの将棋本を三冊紹介します。

まずは新刊「藤井聡太論 将棋の未来」。
2021年6月26日現在、最年少で二冠、さらに叡王戦にも挑戦が決まった藤井聡太王位・棋聖は、誰もがみとめる令和将棋のスーパースターでしょう。
そんな藤井さんを同じく中学生でプロデビューし、史上最年少で名人を獲得した谷川浩司九段が語る本です。ちなみに、まえがきによると鉄道好きという共通点もあるそう(って、その情報は必要だったのでしょうか…)。
平成初期に台頭してきた〈羽生世代〉とご自身の闘いなども振り返りつつ、将棋界の現在・過去・未来を見渡します。

羽生善治「適応力」は十年ほどまえ、羽生さんが40歳になったころのエッセイ。
谷川さんの本でも書かれていたとおり、多くの棋士は三十〜四十代になるとピークを過ぎ、戦い方が変わってくるといいます。
それでも、変化を柔軟に受け入れ、適応していくのが羽生さんの強さでしょう。わたし自身40歳を間近に控え、これからの生き方を考えるヒントになりそう。
まるでビジネス書のような話題が多く出てくるのもおもしろいです。

いっぽう、羽生さんより少し年下ながら、プロデビューは二十代、六度のタイトル挑戦と敗退を経て、46歳にして初のタイトルを獲得した木村一基九段の半生をつづるのが「受け師の道」。
解説など盤外のトークも面白い木村さんですが、子供時代から「よくしゃべる」と評されているのが楽しい。本書で半ばジョークのように予言されていた藤井さんとのタイトル戦で王位を奪取されてしまいましたが、これからも活躍を期待しています。

深川峻太郎「アインシュタイン方程式を読んだら『宇宙』が見えた ガチンコ相対性理論」は、ド文系を自称し、数式の出てこないサイエンス書を多く編集してきた著者が、本気で相対性理論の数式に挑むという異色の本。
サイエンス書の老舗・講談社ブルーバックスからの出版らしく、どのページも遠慮無く数式で埋め尽くされます。先月の「三体問題」も一緒に読みたい。
マップに入れた理由は、アインシュタイン方程式を導き出したあたりで、唐突に藤井二冠の話題が飛び出すから。
棋譜を読める人だけが藤井さんの真のすごさをわかるように、アインシュタインの真のすごさも、数式を読める人だけが知ることができる。専門知というものの大切さを改めて感じます。

さて、わたしはいちおう物理専攻だったので相対論の数式は大学で履修済み(のはず)ですが、最近まであまりなじみがなかったのが分子生物学とよばれる分野。
歌人でもある永田和宏さんの専攻であり、「タンパク質の一生」という岩波新書の著書もあります。
ウイルスやワクチンという話題になると、しばしば免疫という概念が出てきますが、多田富雄「免疫の意味論」が名著とされているようです。
わたしたちの体を守る、〈自己〉と〈非自己〉を区別する免疫とはシステムが、こんなにもあいまいで危ういバランスの上に成り立っていることに、畏怖の念すら覚えます。

そんな生物学では実験動物として欠かせないハツカネズミ(マウス)と話のできる主人公登場するのがボリス・ヴィアンの小説「うたかたの日々」。
サルトルを思わせる大作家の本に偏執する友人、胸に睡蓮の咲く病に冒されてゆく新妻…。
筒井康隆を思わせる奇妙で不条理な世界に引きこまれます。
機械にできる仕事をする人々を批判する、現代のAIと人間の働き方にもつながるエピソードには驚かされます。

ということで最後は筒井康隆「世界はゴ冗談」(新潮文庫)。
ドタバタ、メタパラ、言語遊戯…かつて筒井作品で描かれたことが次々と現実になっていく、ゴ冗談のような世界。
不確実で、あまりにぎやかでない未来を、それでもわたしたちは生きていくのです。

2021年5月の読書マップ

今回から定期的に、おすすめの本を二次元的に整理する「読書マップ」をつくっていきます。

毎月読んだ本を中心にしつつ、それまで読んだ本でも著者や内容が似ているものを加え、自由な視点でつなげていきます。なお、新刊に限らず古本、電子本、家の本棚に眠っていたものなどが混在しているので、現在入手困難なものが含まれますがご了承ください。

読書マップ2021年5月

まずは4月の最後に読んだ高原英理「歌人紫宮透の短くはるかな生涯」(立東舎)から。

1980年代に活躍した紫宮透という架空の歌人を主人公に、彼の短歌とその解説を軸に、彼の生きた時代を虚実取り混ぜて描いた独特な小説です。
穂村弘さんの対談集「あの人と短歌」には、本書を執筆中の高原さんとの対談が収められています。高原さんが紫宮透として詠んだ歌に対する穂村さんの解釈も小説に生かされていて、両方読むと楽しい。

さらに穂村弘つながりで「短歌遠足帖」(ふらんす堂)と「きっとあの人は眠っているんだよ」(河出文庫)。

「短歌遠足帖」は同じく歌人の東直子さんと一緒に、萩尾望都さん、麒麟の川島さんなど多彩なゲストとさまざまな場所を訪れて短歌を詠む。同じものを見ていても切り取りかたがまるで違う、吟行ツアーは本当におすすめです。

「きっとあの人は眠っているんだよ」は日々買った本、読んだ本を紹介していく読書日記。
panpanyaから筒井康隆まで、穂村さんの読書の嗜好はおどろくほどわたしと近く、読書マップで紹介していくと我が家の蔵書全部とリンクしそうな勢いなので自重します(笑)。
その思考回路に近いものを感じつつ、短歌においては共感よりも常人の発想を超えた奇想が中核にあることも穂村さんの魅力ではないかと思いつつ、その話はきっとまた来月。

歌集では音楽を感じさせるタイトルの工藤玲音「水中で口笛」(左右社)、杉﨑恒夫「食卓の音楽」(新装版/六花書林)とつなげてみます。

杉﨑恒夫さんは東京天文台に勤務されていた方ですが、同じく天文学者である石田五郎さんの文章も近い詩性を感じます。代表作「天文台日記」が良かったので「星の歳時記」(ちくま文庫)を古本屋で見つけて購入。四季折々の星座、天文現象を歳時記の形で描くエッセイで、短歌も紹介されています。
ちなみに〈杉﨑恒夫 石田五郎〉でGoogle検索してみたら1件もヒットせず、このリンクにほとんど誰も気づいていないとしたら驚きです。

数学上の難問を取り上げた本としては、SF小説で有名になった〈三体問題〉を数学的・天文学的な視点から解説した浅田秀樹「三体問題」(講談社ブルーバックス)に、素数にまつわる謎〈リーマン予想〉が意外な形で素粒子の世界とシンクロするマーカス・ドゥ・ソートイ「素数の音楽」(新潮文庫)もおすすめ。

大人になってもこのような知的好奇心を満たす勉強・個人研究の大切さを語る森博嗣「勉強の価値」(幻冬舎新書)は、「ライフピボット」(インプレス)とも親和性が高そうです。

ライフピボットはこちらの記事で取り上げましたが、この本で継続の大切さを再認識したこともあり、個人的に提唱している〈読書マップ〉もコツコツ発信を続けていきます。

〈読書マップ〉は読んだ本人だけに意味のあるものに見えて、それをアウトプットすることで、思わぬ形で思わぬ誰かのためになるかもしれません。

そんなライフピボットでいう発信とギブの関係は〈利他〉という考え方にもつながってきます。
中島岳志さん・若松英輔さんなど東工大「未来の人類研究センター」のメンバーによる「『利他』とは何か」(集英社新書)は、ライフピボットの出版記念オンラインイベントでも触れられていました。

それとは別に、書店でタイトルに惹かれて手にとったのが松本敏治「自閉症は津軽弁を話さない」(角川ソフィア文庫)。
いわゆる自閉スペクトラム症、非定型発達の子供たちは津軽弁などの方言を話さない、という都市伝説のような噂を臨床的・学術的に検証していく本です。やがて明らかになる、方言・話し言葉とコミュニケーションの密接な関係に驚きます。

以上が2021年5月の12冊。この中から、また6月の読書マップにつなげていきたいと思います。

よみがえれ。 – ライフピボットと今を生き抜く力

世の中はますます変化が激しく、先を見通すことが難しくなっています。

なんとなく将来の生き方・働き方に不安を感じる中、出逢ったのが「ライフピボット」という本です。

著者の黒田悠介さんはマーケティング会社に就職したのち、経験を活かして転職・独立、現在は議論メシというコミュニティを運営したり企業の支援を行うディスカッションパートナーとして活躍されています。

本書のタイトルにある〈ピボット〉とは、バスケットボールで、ボールを持ったまま一方の足を軸足に、もう一方の足を動かすプレイを意味します。

人生をハニカム構造の六角形のマスからなる盤面として、経験の蓄積と偶然を軸足にキャリアを転換(=隣のマスにピボット)していく、それがライフピボットという概念です。

転職や転身と聞くと変化が大きすぎて足がすくみそうでも、片足を地につけたままなら、以前にこのブログ〈凪の渡し場〉でも提案した「半歩踏み出す」と同じように不安も半減しそうです。

本の中では、過去の経験がキャリアにつながる例として、スティーブ・ジョブズのスピーチ「Connet The Dots」というエピソードも紹介されています。

Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address

ジョブズが学生時代にカリグラフィ(西洋のいわゆる書道)の授業を受けたことが、のちに自らが手がけたマッキントッシュに多くのフォントを搭載することにつながった、というのは個人的にも好きなエピソードです。
彼の経験がなければ、今のようにパソコンやスマートフォンで自由にフォントを選べる時代はやってこなかったかもしれないのです。

あとから振り返れば、そのときは思いもしなかった経験が点と点でつながる。

ここで、わたしがつなげたいもうひとつの点が、声優・林原めぐみさんによる、自身が演じたキャラクターについて語った本です。

「らんま1/2」の早乙女乱馬(女)。
「ポケットモンスター」のムサシ。
「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイ。
「シャーマンキング」の恐山アンナ…。

1980年代以降を少年少女として過ごした人なら、どこかで聞き覚えのあるキャラクターたちを、まさに全身全霊で演じてこられた林原めぐみさんの言葉は懐かしく、そして感動を新たにします。

キャラクターが、それぞれの作品の中で生きる〈点〉だとしたら、その役を演じた経験が次のキャリアに活きたり、制作者・共演者どうしの縁で新しい仕事につながっていくのはまさに「Connet The Dot」であり、ライフピボットと言えます。

あるいは、一度終わった(ピリオドを打たれた)作品が、ときを超えて続編が作られたり、リメイクされてよみがえる。
それもまた望外の嬉しい「Connet The Dot」でしょう。

 

過去や思い出は良いことばかりではなく、忘れたいこともあるけれど、どんな点も経験の蓄積として何かにつながっている。

正直に言うと最近はSNSを見る気力も起きず、アウトプットも停滞気味だったのですが、「ライフピボット」を読んでもう一度、軸足を見直してみようと思いました。

過去を恐れず、未来を恐れず、広大な人生を渡り歩いていきましょう。

ブログ五周年と、言葉にならないことば

きょう、令和3年3月6日で、ブログ〈凪の渡し場〉は五周年をむかえます。

五年前、当時よく参加していた勉強会と、そこからひろがった交流に刺激をもらい、自分なりの世界の楽しみかた、視点をいろんな人に知ってもらいたいと思って立ち上げたサイトです。

夕霧が世界を包むその前に さあ漕ぎ出そう凪の渡し場

About に掲出したこの短歌は、最初の記事をもとにして一年前に詠んだものですが、ちょうどそのころから、世界はまるで先の見えない霧に包まれたように様変わりしてしまいました。

霧の中で、発するべき言葉も、とどけるべき相手も見失いそうになるなか、もういちど〈ことば〉の意味を考え直そうと思える本にめぐり逢いました。

若松英輔さんの「読書のちから」は、ご自身が苦しみ、危機にある中で出逢い、救われた言葉について書かれた本です。

とくに、1960年代のミラノでカトリック改革に取り組んだ須賀敦子さんについて書かれた章が印象にのこります。

いっぽう、孤独のときは、人生になくてはならない。孤独のときこそが人に、自己のみならず、他者とそして、大いなるものとの静謐な対話をもたらす。しかし、孤独と孤立の差異が、あるときはよく分らなくなる。

若松英輔「読書のちから」(亜紀書房)p.46〈コトバを運ぶ人〉より引用

読書を通して、わたしたちは遠く離れた場所や時代を生きた人と、学者や宗教者といった知性と対話することができます。

ふしぎなことに、ある種の〈ことば〉には、時空を超えてとどく力があります。
遠い場所、異なる時代背景にいる人びとにかけられたはずの言葉が、いまを生きる自分にむかって投げかけられているように思えるときがあるのです。


もう一冊紹介した「言語の起源」は、なぜ人類が、このような〈ことば〉を発明できたのか、言語学者の視点だけでなく、人類学・考古学・脳科学にいたるまでの最先端の知見から明らかにしようとする本です。

〈ことば〉によって、ヒトは他者との効率的なコミュニケーション手段を得ることができました。

けれど、その発明は実は、とても不完全なものでもありました。

〈ことば〉の裏には、言葉にならない暗黙の価値観や文化が含まれていて、言語によるコミュニケーションとは、聞き手もその価値観を共有していることを前提として成り立つのです。

だから、ときにすれ違い、互いの意図を誤解したりする。

あるいは、文字通り言葉が通じない相手、違う価値観をもつ集団との対立が生じる。

けれど、文字というもうひとつの発明により、〈ことば〉は話し言葉だけでなく書物として残され、より遠くまでとどく伝道の翼を得ることができました。


もう一度若松さんの本から言葉を引きます。
須賀敦子さんを象徴する一語を〈霧〉、あるいは〈聖人〉とする章から。

(前略)彼女にとって「書く」とは、「霧の向う」で生きている人たちに言葉にならないおもいを届けようとする試みだった。

若松英輔「読書のちから」(亜紀書房)p.50〈霧の人〉より引用

ここでいう〈霧〉とは異界をあらわすものでありながら、けっして行き来できない存在ではありません。

言葉にならない〈ことば〉を伝えようとする人に敬意を表しながら、わたしはこう思います。

霧の中で自分の言葉が見つからない、進むべき道が分らないときは、あえて歩みを止めて、霧のむこうからとどく言葉に耳をすませてもいいのではないかと。

もちろん、これは誤読に近いでしょう。

けれど、そんな誤解・誤読こそが、〈ことば〉が時空を超えてとどく原動力であり、言動力でもあるのかもしれません。

2020年、越境する12冊+読書マップ

2020年も、まもなく終わりを迎えようとしています。

いまだ収束の兆しが見えないCOVID-19により、働きかたも、暮らしかたも大きく変わった一年でした。

そんな中で選ぶ〈今年の本〉。
直接的にコロナ禍を扱った本はなるべく避け、こんな時代だからこそ、本を通して外の世界を知る〈越境〉をテーマに12冊を選んでみました。

また、本をして語らしむる – 読書マップ(仮)のすすめで提唱した読書マップで本どうしのつながりを表し、関連書籍も加えてみます。

去年までの〈今年の本〉記事はこちら。

まずは読書マップから。

では、ひとつずつご紹介します。


0 総記

読書猿「独学大全」(ダイヤモンド社)

「アイデア大全」「問題解決大全」の著作もある読書猿さんの新刊です。

さまざまなジャンルを越境して、学び続けることの意義、その方法までが網羅されていて、ずっとかたわらに置いておきたい本です。

読書マップは、この本でも紹介されている日本十進分類法を参考に作成しました。

1 哲学

住原則也 「命知と天理」(天理教道友社)

日本唯一の宗教として知られる奈良県天理市。

そこを戦前に訪れた松下幸之助は、その壮大な都市計画と、それを生み出す精神に大きな感銘を受けたといいます。

それをヒントに、朝会・夕会や事業部制といった、それまでの産業界の常識を覆す試みを松下電器(現・パナソニック)に持ちこみ、戦後の発展につながります。

哲学(宗教)の分類に入れましたが、産業との越境という観点で楽しめる一冊です。

もう一冊、宗教家の釈徹宗さんと、歌人であり科学者の永田和宏さんによる対談「コロナの時代をよむ」(NHK出版)も越境の対談。
物語(ナラティブ)と情報(エビデンス)、どちらにもかたよらずに、両者の橋渡しをしようとするおふたりが印象的です。

永田和宏さんの歌人としての著作は 9 文学で紹介します。科学者としての著作も多く、未読だったことが悔やまれます。

3 社会科学

松村圭一郎「はみだしの人類学」(NHK出版)

いったん2を飛ばして3へ。

NHK出版の「学びのきほん」は、さまざまな著者による講義がコンパクトに納められ、そのデザインも含めて面白いシリーズです。

釈徹宗さんの本も年末に出版されましたが未読のため、こちらの本を選びました。

分断よりも「はみだし」のある社会でありますよう。

室橋裕和「日本の異国」(晶文社)

ときに画一的といわれる日本の都市にも、それぞれの特徴があり、それぞれの日常があります。

インド、ミャンマー、バングラデシュ…。

さまざまな理由で日本を訪れ、定住した人々が織りなす都市の様相を描き出します。

辺境探検家の高野秀行さんが帯文を寄せるとおり、「ディープなアジアは日本にあった」。ステイホームで異文化を感じられる一冊です。

食文化という観点でリンクする「発酵文化人類学」も刺激的な一冊。

6 産業

北島勲「手紙社のイベントのつくり方」(美術出版社)

多くの大規模イベントが中止となった2020年、いち早くオンラインで新たな試みをはじめた手紙社の北島勲さんの著作です。

オンラインイベントやセミナーも普及が進みましたが、現実のイベント体験との差はまだまだ大きく、これからの進化が気になるところです。

7 芸術

雪朱里「時代をひらく書体をつくる。」(グラフィック社)

フォントは印刷の一分類と考えれば芸術に入るのでしょうか。

もちろん、本づくり・ものづくりは産業とも密接に関わります。

現在のようなデジタルフォントが普及するまえ、活版印刷や写植(写真植字)の時代から文字に携わってきた橋本和夫さんのインタビューをまとめたもの。

技術や社会が変わるとともに、フォントもまた変わっていきます。

今年は〈凪の渡し場〉であまり紹介できませんでしたが、フォントに関する新刊はまだまだ他にもあります。

2 歴史

シャロン・バーチュ・マグレイン「異端の統計学 ベイズ」(草思社)

ここで2に戻りましょう。

といいつつ、一般的な歴史ではなく、ひとつの技術に焦点を当てたり、科学史を経糸にした本がさいきんのお気に入りです。

人工知能の分野などでも注目されているベイズ統計は当初、多くの科学者から異端視され、むしろ学界より産業界で利用がひろがっていったといいます。

これもまた、越境する科学のひとつ。

4 自然科学

加藤文元「宇宙と宇宙をつなぐ数学」(KADOKAWA)

数学は自然科学とは別の学問ですが、ここは10進分類に従います。

数学界の難問のひとつとされるABC予想を解決に導いた、望月新一教授による〈宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論〉。「未来から来た論文」とも言われるその斬新な発想を、望月産と親交のあった著者が丁寧に解説します。

元になったのが川上量生さんにより企画されたニコニコ動画の講演というのもユニークです。

科学・数学の本といえば、2020年のノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズの業績を解説する「ペンローズのねじれた四次元」も面白いです。

9 文学

三島芳治「児玉まりあ文学集成」(リイド社)

いよいよ最後の9です。まずはタイトルに〈文学集成〉を冠したこちらのマンガから。

結城浩さんの「数学ガール」に対比すれば、こちらは言わば文学少女。

詩のように改行の多い話し方をする文学的な少女・児玉さんと笛田くん、ふたりだけの「文学部」の活動。

一話ごとに紹介される参考文献も楽しみです。

〈男子が好きなやつ〉として紹介されていた「未来のイヴ」が気になったので読んでみたところ、あのエジソンがアンドロイド(※携帯電話ではない)を発明していたというおどろきのSF小説でした。
男子、好きですよね。

「真鍋博の世界」(PIE)

SFといえば秋に開催された真鍋博展の図録は外せません。

少し感染が落ち着いた時期で、あこがれの筒井康隆さんの講演を聴けたことも幸せでした。

河野裕子・永田和宏「たとへば君 四十年の恋歌」(文藝春秋)

ふたたび永田和宏さんです。乳癌により逝去された妻の河野裕子さんと学生時代から交しあった短歌を収録した歌集・エッセイ集。

四十年という時間をともに過ごす存在がいるということは、いまのわたし想像を超え、つむがれる歌は胸を打ちます。

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうにわたしを攫つて行つては呉れぬか

河野裕子 – 「たとへば君 四十年の恋歌」(文藝春秋)第一章より

一日が過ぎれば一日減つてゆく君との時間 もうすぐ夏至だ

永田和宏 – 「たとへば君 四十年の恋歌」(文藝春秋)第六章より

穂村弘「あの人と短歌」(NHK出版)

最後は、歌人・穂村弘さんが各界の短歌が好きな〈あの人〉と語り合う対談集。

昨年「北村薫のうた合わせ百人一首」を紹介した北村薫さんはもちろん、ブックデザイナーの名久井直子さん、翻訳家の金原瑞人さんなど、さまざまな分野との〈越境〉が楽しめます。

対談集を読むと、対談相手の著作にも興味がわき、読みたい本が増えてしまうのが困った(?)ところ。
いわば対談集一冊のなかに読書マップが織りこまれているようなものです。

それでいくと、この本では対談相手はもちろん、穂村さんとの間で話題に上る詩歌までも気になって、マップは三次元的にひろがります。

そしてまた、次の本との出逢いが待っているのです。


〈本を読む〉という日常がある幸せに感謝しつつ、2021年も、良い本を。