白老、小樽 – 歴史にふれる旅情と路上

うっぽぽーい! 民族共生象徴空間にきたぞーい!!

…と、「Dr.スランプ」のアラレちゃんのように叫びたくなる絶景。
飛んでペンギン村…ではなく、北海道白老町・ウポポイにやってきました。

北海道の先住民族であるアイヌの文化と歴史を学べる、国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園などで構成されています。

今回は、北海道をめぐる旅です。

郵便ポストもアイヌ紋様とアイヌ語で彩られ、北の大地に来たことを感じさせます。

もよりの白老駅にも、アイヌ紋様とめずらしいフォントの駅名標がありました。
ちなみにJR北海道といえば、縦型駅名標に〈サッポロビール〉の広告、という基本フォーマットが知られています。

こちらも、はじめて実物を目の当たりにできました。

特急の乗車位置案内にはDeer(しか)が登場。明朝体の「しか」が、なんとも言えない味わいです。

ウポポイ探訪の後は登別駅周辺を散策しました。

なんだかじわじわくる「スクールゾーン」の看板。
男の子の「文」(擬人化?)はともかく、「スクールゾーン」のドロップシャドウと奥行きの付け方に時代を感じます。

「ヌプル」(ルは小文字)という施設には観光案内所のほか、小さな図書スペースも併設され、アイヌ・北海道関係の書籍や絵本がたくさん並びます。
列車の本数が少ないので、時間待ちにもぴったりです。

登別から室蘭本線で東へ向かい、長万部駅までやってきました。

豪雪地帯の信号は、雪が積もりにくいよう縦型になっていると聞いたことがありましたが、こちらも実際に見られて感激です。

あとしまつ看板

と思ったら、あとしまつ看板は見覚えのあるフォーマットでした。

あとしまつ看板は、離れた土地で同じデザインのものを見かけるという大きな謎があるのですが、こちらも愛知県岡崎市で出会っていたタイプでした。

あとしまつ看板

長万部まちあるきはこのくらいにして、ここからは、函館本線(通称「山線」)で小樽へ向かいます。

現在、函館と札幌を結ぶ特急列車は登別経由の海線が主体となっていますが、季節限定で小樽経由の特急「ニセコ号」が運行されています。

今年(2024年)で開業120周年という長い歴史のある路線ながら、北海道新幹線の延伸によって廃止が予定されている山線。

地元の高校生による車内放送や、各駅での特産品の販売などを楽しめるニセコ号に乗れるのは、今しかできない体験です。

小樽駅に着いたのは夜19時過ぎ。駅構内もランプで彩られ、ムードがあります。

駅から港に向かう途中には、旧国鉄手宮線の線路がそのまま残されている遊歩道がありました。

小樽運河周辺も歴史的な建物がライトアップされ、旅情をかきたてます。

またエモい建物…と思ったらコメダ珈琲でした。なんという調和ぶりでしょうか。

翌日も小樽まちあるきを楽しみます。

ラッコのマンホールふた。カラー版のほうは摩耗したのか最初からのデザインなのか、なんだか抽象画のようですね。

そう、小樽は芸術のまちでもあります。
旧三井銀行小樽支店や旧北海道拓殖銀行(似鳥美術館)など四つの施設で構成される「小樽芸術村」では、さまざまな美術品が展示されています。

似鳥(ニトリ)って、あのニトリ? そのニトリです。札幌に本社があるのですね。
ステンドグラスや光るアンモナイトなど、静謐な館内にたたずむ逸品に圧倒されます。
ここまで足を運んだからこそ、見ることのできた光景です。

旧三井銀行も、その建築を生かした吹き抜けのプロジェクションマッピングや地下金庫など、見ごたえがあります。

その歴史の初期をかざった「三井銀行」の看板から…

現在おなじみ「三井住友銀行」になる前の一瞬に咲いた「さくら銀行」。
ゴシック体のシンプルな看板が、諸行無常を感じさせます。

かつて金融街として栄えた面影が、少しずつ姿を変え、それでも、まちのいたるところに残っている。
そうして、唯一無二の魅力を増していく。

そんな旅情を感じる、北海道の路上でした。

上野発、書とアートをさけんでみる夏

2024年も、さまざまなアートイベントや展覧会が開催されています。

今回は東京・上野から、ふたつの美術館をめぐります。

広大な敷地をほこる上野恩賜公園。
美術館や科学館、動物園などが立ち並び、すべて回ろうとすれば、一日あっても時間が足りないくらいです。
〈凪の渡し場〉的には、屋外の看板に注目した文字さんぽも楽しめます。

丸ゴシックの「ボート場」とイラストがかわいい。

これは象のおしりをモチーフにした看板でしょうか。やはり丸ゴシックが大活躍。

でも、きょうのお目当ては動物園ではなく、上野の森美術館「石川九楊大全 言葉は雨のように降りそそいだ」です。

文字やフォントに関する著作も豊富な書家・石川九楊さんの大規模展覧会です。

前後期で展示替えがあり、古典を中心とした前期は残念ながら予定が合いませんでしたが、後期【状況篇】も、いわゆる「書道」という言葉からイメージする枠組みにとどまらない作品が目白押し。

一室を埋めつくす85mの大作「エロイエロイラマサバクタニ又は死篇」などに圧倒されて館内を進んでいくと、個人的に感動の作品に出逢えました。

それが、自由律俳句で知られる俳人・河東碧梧桐のことばを書として再構築した「俳句の臨界 碧梧桐一〇九句選」。

館内は撮影禁止ですが、美術館前のポスターにも作品が使われていました。

句は「ざぼんに刃をあてる刃を入るる」。
ひらがなの〈ざぼん〉を取りかこむ肉厚のザボン。
その皮と種までが墨の濃淡で表現され、鋭利な刃物があたっている一瞬が切り取られます。

碧梧桐の句自体がおもしろく、さらに石川さんの書による表現が重ね合わされ、時間を忘れて楽しめました。

最後は写真撮影可のコーナー。有名な新潟の日本酒「八海山」の文字も石川さんによるものだったのですね。

しかも普通酒ではなく高級な大吟醸酒というところが心憎い。

さて、上野駅に戻ります。
高架下では「最も画数の多い漢字」として有名になったビャンビャン麺も売られていました。

とはいえ列車の時刻が迫っているので駅構内へ。構内にもそこかしこに動物のキャラクターが隠れています。

しかし、案内に従って階段を降りると、なにやら雰囲気が一変します。

まるで令和から昭和にタイムスリップしたような14番ホームです。

上野発の夜行列車、ではなく昼行特急「草津・四万」で群馬へ向かいます。

「四万=しま」と読み、四万の病を治すと言われる四万温泉が由来だそう。

今回は伊香保温泉の最寄駅でもある渋川駅で下車します。

駅名標が筑紫A丸ゴシック!
観光SLの停車駅ということで、黒字に金のSL色ながら、単なるレトロ趣味にとどまらない、かわいさ抜群の演出です。

ちなみにこの夏は「SLぐんまちゃん号」が運行されるとのこと。

帰りに寄った途中駅の高崎駅も〈ぐんまちゃん〉にジャックされていて、こちらもめちゃめちゃかわいい。

改札にもぐんまちゃん(渋川駅ではなく高崎駅です)。

ぐんまちゃんバス

渋川駅でやってきたバスまでぐんまちゃん。

グリーン牧場前のバス停で下車します。ここも動物のキャラクターに彩られ、期せずして動物づくしの旅となりました。

それでも、向かうのはグリーン牧場ではなく、おとなり原美術館ARCです。

原美術館ARC

品川にあった原美術館が、ここ群馬県渋川市の別館〈ハラ ミュージアム アーク〉と統合して新しく誕生した美術館とのこと。
都心とはまた違って、広い敷地に分散する展示室を自由にめぐりながらアート作品を楽しめます。

現在は「日本のまんなかでアートをさけんでみる」展を開催中です。

日本のまんなか…?
総務省も認める日本の真ん中といえば、人口重心地の存在する岐阜県では?
https://www.stat.go.jp/info/guide/pdf/gifu.pdf

などと中部民としては思ってしまいます。

けれど、どうやら渋川市も、日本の主要四島の最北端・宗谷岬と最南端・佐多岬を円でむすんだ中心に位置する「へそのまち」宣言をしているのだそう。

「へそのまち」日本のまんなかしぶかわ市

日本のへそ 渋川市は日本のへそと呼ばれ、古くから工業、農業、観光(温泉など)を主要産業に栄えてきました。 日本のへそと呼ばれる理由は、地理的な要因と歴史的な要因があります。 地理的な理由 日本の主要四島で最北端の北海道宗谷岬と最南端の鹿児島…

さらに言えば兵庫県にも、日本標準時である東経135度を通る「日本へそ公園」があるなど、〈まんなか〉という概念はとらえかたによってうつろいうるものでしょう。

そんな中心と周辺を、振り子のように行き来することが、まさにアート的思考かもしれません。

さて、展示です。作品のいくつかは写真撮影可能。

奈良美智の部屋

とりわけ目をひいたのが、奈良美智さんの「My Drawing Room」。
以前の原美術館にあった展示を移築・恒久化したものだそう。
仕事部屋のような、子供部屋のような空間には、そこかしこに仕掛けがほどこされ、見飽きません。

屋外には、アンディ・ウォーホルの巨大なキャンベルトマトスープ缶が。

そのとなりのカフェスペースで、展覧会記念の日本列島ケーキをいただき、夏の暑さを乗りきります。

日本列島ケーキ

ピンクのおへそがかわいい。

思いきりアートをさけぶ、日本の夏でした。

日本語の文字を作る、文字を語る – 「筑紫書体と藤田重信」「明朝体の教室」

令和6(2024)年1月、日本語の文字(フォント)を語る上では欠かせない二冊の本が出版されました。

ひとつは、革新的なフォントとして知られる筑紫書体を、その生みの親であるデザイナー・藤田重信さんとともに語りつくす『筑紫書体と藤田重信』です。

そして、もう一冊が、「水のような空気のような」本文書体を理想としてフォントデザインに取り組む鳥海修さんの『明朝体の教室』。

鳥海さんと藤田さんは、おふたりとも、かつて日本最大の写植メーカーとして知られた写研出身という共通点があります。

独立後、鳥海さんは字游工房という会社を立ち上げた故・鈴木勉さんと、ヒラギノ明朝体を制作します。
いまや、MacやiPhone、iPadにも搭載され、まさに空気のように日本中、果ては世界中に浸透していきました。

さらに、字游工房オリジナルのフォントとして、游明朝体が2002年にリリースされます。
藤沢周平の時代小説を組むことを意識して作られた游明朝体は、同じ明朝体でもゆったりとした情感があるフォントです。

そのような違いが、なぜ生まれるのか。

「明朝体の教室」では、游明朝体と他の明朝体フォントを比較しながら、代表的な漢字や、ひらがな・カタカナを一文字一文字、じっくりと解説していきます。
フォントを見る・味わう側の人間としても、作り手がどのような視点で文字をデザインしていたかを知ることができる、とても貴重な一冊です。

ちなみに明朝体の比較については、〈凪の渡し場〉のブログをはじめた最初のころに記事を書いています。
いま読むとつたない考察で、少し恥ずかしいですね。

明朝体のスタンダード – ヒラギノ明朝と游明朝体

いきいきとした新世紀の明朝体 – 筑紫明朝

いまいちど、比較してみましょう。

拡大するとこちら。

「の」の左下をみてみましょう。
毛筆の筆の返しを忠実に再現したヒラギノと、あえて抑えめにした游明朝体、そして太さの変化が連続的な筑紫明朝。
それぞれの個性が現れています。

「き」も、フォントによってここまで違いが出るものなのですね。
三画目(斜めの線)は、ヒラギノは右にふくらんでいますが、游明朝体は逆に左にふくらみ、筑紫はS字カーブを描いているというのは『明朝体の教室』を読まないと、なかなか気づきません。

それにしても、筑紫明朝です。

全体的に、他の明朝体とくらべて、横棒も直線ではなく曲線的で、なまめかしい印象です。
止めのウロコすらも単純な三角形ではなくぽってりとして、異色さがうかがえます。

ここからは『筑紫書体と藤田重信』を参考にしていきましょう。

筑紫明朝がリリースされたのは2004年のことです。
写研からフォントワークスに移籍した藤田さんが手がけた、新しいのに、どこかレトロな雰囲気の明朝体。
ここから、筑紫書体の歴史がはじまります。

当時在住していた筑紫野(ちくしの)市から取りつつ、旧国名である筑紫(つくし)にもなぞらえて〈筑紫(つくし)書体〉となったそう。

ゴシック体やバリエーションも含まれば、今や何十種類もある筑紫書体。
そのどれもが独特で、天啓を受けたような文字ばかりです。
『筑紫書体と藤田重信』は、それぞれのフォントの使用例と、藤田さんのインタビュー、さらに100のQ&Aが詰まった、贅沢な本です。

一部の筑紫書体は、フォントワークスの mojimo で1フォントからサブスクリプション購入できます。
mojimo-select なら毎月3フォント選べるので、本を読んで気になったフォントを少しずつ試すのも楽しいです。

Cオールドで組んだら、なんだかすごいテンションの短歌が詠めそうです(笑)。

何千年も前に中国で生まれた漢字と、それが日本語の歴史と融合する過程で生まれたひらがな・カタカナ。
その文字たちは明治になって西洋の印刷技術を輸入する形で、日本語の活字として洗練されていきます。
その後も、写植とデジタル化によって、ますます多様な表現が可能に。
明朝体には、その歴史のすべてが詰めこまれています。

対照的なアプローチに見えて、それぞれが日本語の歴史と向き合いつつ、現代、そして未来に向けた明朝体を作られている、その情熱の一端にふれることができます。

2023年、世界の見方を変えるマンガ3冊+読書マップ

2023年の年末です。

毎年の恒例「今年の本」、今回は印象に残ったマンガ3作品を紹介します。

それぞれのテーマに関連した小説やノンフィクションなども〈読書マップ〉としてまとめてみましたが、こちらの詳しい説明は年明け note の記事にしようと思います。

それでは、一作ずつ紹介していきましょう。
なお、2023年末時点で、どの作品も連載中ですが、既刊は2〜4巻なので手に取りやすいと思います。

西尾維新原作・岩崎優次画「暗号学園のいろは」(集英社ジャンプコミックス)

主人公・いろは坂いろはが入学したのは、未来の暗号兵を育成する、毎日が暗号漬けの暗号学園。暗号によって世界の戦争を停めるため、きょうも謎を解き、クラスメイトの心を読み、学園の頂点を目指す。

ミステリー作家、西尾維新原作の週刊少年ジャンプ連載作です。
前回の連載作品「めだかボックス」(画・暁月あきら)の後半でも言葉遊びバトルが描かれるシーンがありました。
こういった、明らかに週刊連載向きでない題材をやってのけるのが西尾維新の真骨頂でしょう。
「いろはのい」とはいかないでしょうが。

西尾維新先生といえば、デビュー当時から同じメフィスト賞作家の森博嗣先生に影響を受けていることを公言しています。
その森先生が〈天才〉と形容する数少ない小説家のひとりが、筒井康隆先生。
そして、実験的な試みの多い筒井作品の中でも、いまだに折りにふれ話題になるのが、言葉(正確には音)が一文字ずつ消えていく「残像に口紅を」。
さらに、その「残像に口紅を」に影響されたと言われるのが、いわゆるジャンプ黄金時代に連載された冨樫義博「幽☆遊☆白書」の海堂戦。

「暗号学園のいろは」でも海堂戦に言及される話がありましたが、令和になって、こんな過去からの因果が実をむすぶことになるとは、西尾維新と同年代の者として感無量です。

鯨庭「言葉の獣」(リイド社トーチコミックス)

続いて、また違ったかたちで〈ことば〉の世界を描く「言葉の獣」を紹介します。

人の発する言葉を〈獣〉の姿で見ることができる少女・東雲と、そんな彼女に興味をもつ薬研。
ふたりは、この世でいちばん美しい獣を見つけるため、〈言葉の獣〉が暮らす森へと冒険に出る。

日常会話から、SNSのつぶやき、詩歌まで、わたしたちは、言葉にあふれる世界に生きています。
けれど、当たり前にある言葉とはなんなのか、誰も知りません。
わたしたちがいない場所、いない時間の先まで、言葉を遺すことには、どんな意味があるのでしょう。

とてもふしぎなことに、言葉によってわたしたちは理解し合うことができるとされているのに、お互いの〈言葉〉がおなじことを意味する保証は、どこにもありません。

それぞれがイメージする〈言葉の獣〉は少しずつ違う形をしていて、誤解や齟齬が生まれることもある。
それなのに、詩や短歌のような、ごく短い言葉で、自分の本心にふれるような、今まで気づかなかったものを見ることもできる。

ふたりの対話を中心に物語は進みながら、東雲が描いた絵をすぐ捨ててしまって、「自分の痕跡を残したくない」というのに対し、薬研は記録を残したい、「忘れられたくない」というちがいが語られるのも興味深いです。

わたし自身、〈言葉〉への関心に共感しつつ読みすすめてきましたが、共感できないこと、違いを知ることも、言葉による対話で世界をひろげるためには大切なことでしょう。

スマ見「散歩する女の子」(講談社ワイドKC)

最後も、ふたりの少女による対話で進む作品ですが、テーマは路上観察的な〈散歩〉です。

街角の看板の文字から俳句やしりとりをしたり、公衆電話の跡地に何を置くかを妄想したり。

路上観察でよく扱われるアイテム(いわゆる〈物件〉)に、さらに独自の楽しみかたをくわえて拡張する、まさに〈散歩の再発明〉が毎回展開されます。
何かのイベントや誰かとの待ち合わせ前に、少し早めに着いて「散歩する前に一人で散歩する」のは、わたしもこっそりやっています。

「三角コーンについて考える」回では、こういった非対称形の看板をつけたパイロン(三角コーン)が登場します。

ねずみ男パイロン(非対称看板の例)

作中ではここから、さまざまなパイロンのバリエーションを妄想していきます。
さすがにマンガなので現実にはありえない…と思ったら、〈のれん型パイロン〉の実例をカメラロールから見つけてしまいました。

のれん型パイロン(分譲期間限定)

土地建物のほうの物件が売れてしまうと見られない、路上観察的な意味で刹那的な〈物件〉でもあります。
(凪の渡し場〉でひっそり公開しているパイロンのページを更新しておきましたので、このサイトがある限りは記録として遺ることでしょう。

世界はどんどん予測不可能となり、いま当たり前に見ている景色も来年には見られなくなってしまうかもしれません。
だからこそ、いまを記録し、記録となった過去を振り返り、未来に進む原動力としていきたいです。

来年も、良いお年を。

また、このまちへ – 京都モダン建築祭2023

今年(令和5年)も、京都モダン建築祭が開催されました。

長い歴史をほこる京都のまちには、明治期以降も、それぞれの時代に合わせて建てられ、その時代を生きたひとびとに愛された建築が多く残されています。

そんなモダン建築を、特別公開やガイドツアーによって学ぶことができるのが、2022年からはじまった京都モダン建築祭です。
去年開催時の記事はこちらをどうぞ。

ひらく京都の底力 – 京都モダン建築祭

今年は11月2日から4日、そして10日から12日と全6日間に会期が延長され、全期間有効なパスポートや1DAYパスなどが発売されています。
近い時期に大阪や神戸でも建築イベントが開催されるので、関西近郊の建築好きには、まさにお祭りのような時期ですね。

わたしは1日しか予定を合わせられなかったので、1DAYパスで、去年行けなかったところを中心にめぐってみました。

パスポートはインターネットで購入できますが、各施設に向かう前に引きかえが必要なので注意が必要です。
京都駅から市営地下鉄烏丸線で向かう場合、四条の特設事務所で引きかえるのが便利でしょう。

わたしは今出川駅近くのbe京都で引きかえたあと、西陣のまちあるきを楽しみました。
(ただし、10日以降はbe京都で引きかえはできません)

手前に、何やらスタンプラリーが。
京都に移転した文化庁の記念事業で、府庁界隈「まちかどミュージアム」が開催されているようです。

さすが京都、なにかのイベントを目当てに行くと、さらに知らないイベントを見つけてしまう。
京都市考古資料館

とりあえず、両方の対象となっている京都市考古資料館(旧西陣織物館)へ向かいます。

金属板の明朝体「押」と丸ゴシックの「押す」を愛でながら、中へ入ります。

一、二階は一般公開されており、京都モダン建築祭の特別公開は三階の貴賓室が対象です。

カーテンも西陣織だそう。

謎の馬と人形がお出迎え。

このあと、南に行けば府庁や平安女学院など御所西エリアですが、昨年も訪れたこともあり、今回は北へ。

ほとんど見えない旧警戒標識をたよりに…。

元西陣小学校

元西陣小学校です。

飛び出しぼうや

旧小学校をいまでも見守る、飛び出しぼうや(おじょうちゃん)?

そのまま裏千家パイロンを横目に、北大路をめざします。

京都教育大学の50周年記念で建てられた紫明会館です。
デイサービスとしても現役で使われており、あやうくデイサービス専用入口に迷いこむところでした。

ちょうど和室に日差しが入り込む時間帯でした。

講堂から見る木漏れ日も美しい。窓が大鏡に映り込んで、だまし絵のようなワンシーンです。
ダンスなのか演劇の練習か、どんな人がどんな場面で、この姿見の前に立ったことでしょうか。

このあとは北大路から地下鉄に乗って、中京へ。

祇園祭の祭礼の拠点として使われる郭巨山会所へやってきました。

市電の施設で手狭になり、老朽化も進むなか、もともとの建物を生かしつつ空間を広げるという改修で日本建築学会賞を受賞したそう。

郭巨山会所
もともとの瓦屋根が内部にとりこまれるという、驚きのリノベーション。

近くには八竹庵(旧川崎家住宅)があります。
京都モダン建築祭の連携企画として、1,700円の入館料が200円引きになります。
事前にチェックしていませんでしたが、ここでは素晴らしいひとときを過ごせました。

八竹庵

京都大学時計台などを設計した建築家・武田五一も携わったという、和洋融合の空間がひろがります。

中庭を眺めれば、京都市街地にあるとは思えない静寂さ。
時季はずれの暑さもやわらぎます(虫刺されには注意)。

そして二階には、パスポート提示で特別公開となる秘密の場所があります。

八竹庵 鉾見台
山鉾巡行のときにだけ使われるという鉾見台。
伺ったところ増築ではないそうで、大正時代にこんなモダンなベランダを作るとはおどろきです。

このあとは河原町通へ。
島津製作所創業記念資料館に行ったり、建築フェア開催中の丸善京都本店に寄っていたら時間がだいぶ経ってしまいました。

マグデブルク半球など聞き覚えのある教育用実験器具の並ぶコーナーが楽しい。

最後は七条通の本願寺伝道院へ。

内部撮影は不可ですが、建築家・伊藤忠太による、世界各国の建築を寄木細工のようにちりばめた空間をじっくりと堪能できます。
妖怪好きでも知られる伊藤忠太、建物の周りにはふしぎな石像がずらりと並ぶのも見逃せません。

京都人の情熱がかたちとなったモダン建築。

それは過去と現在、そして未来につながる、ひとびとの無数のいとなみと共にあります。
来年もまた、ここに帰ってこれますように。