2023年、世界の見方を変えるマンガ3冊+読書マップ

2023年の年末です。

毎年の恒例「今年の本」、今回は印象に残ったマンガ3作品を紹介します。

それぞれのテーマに関連した小説やノンフィクションなども〈読書マップ〉としてまとめてみましたが、こちらの詳しい説明は年明け note の記事にしようと思います。

それでは、一作ずつ紹介していきましょう。
なお、2023年末時点で、どの作品も連載中ですが、既刊は2〜4巻なので手に取りやすいと思います。

西尾維新原作・岩崎優次画「暗号学園のいろは」(集英社ジャンプコミックス)

主人公・いろは坂いろはが入学したのは、未来の暗号兵を育成する、毎日が暗号漬けの暗号学園。暗号によって世界の戦争を停めるため、きょうも謎を解き、クラスメイトの心を読み、学園の頂点を目指す。

ミステリー作家、西尾維新原作の週刊少年ジャンプ連載作です。
前回の連載作品「めだかボックス」(画・暁月あきら)の後半でも言葉遊びバトルが描かれるシーンがありました。
こういった、明らかに週刊連載向きでない題材をやってのけるのが西尾維新の真骨頂でしょう。
「いろはのい」とはいかないでしょうが。

西尾維新先生といえば、デビュー当時から同じメフィスト賞作家の森博嗣先生に影響を受けていることを公言しています。
その森先生が〈天才〉と形容する数少ない小説家のひとりが、筒井康隆先生。
そして、実験的な試みの多い筒井作品の中でも、いまだに折りにふれ話題になるのが、言葉(正確には音)が一文字ずつ消えていく「残像に口紅を」。
さらに、その「残像に口紅を」に影響されたと言われるのが、いわゆるジャンプ黄金時代に連載された冨樫義博「幽☆遊☆白書」の海堂戦。

「暗号学園のいろは」でも海堂戦に言及される話がありましたが、令和になって、こんな過去からの因果が実をむすぶことになるとは、西尾維新と同年代の者として感無量です。

鯨庭「言葉の獣」(リイド社トーチコミックス)

続いて、また違ったかたちで〈ことば〉の世界を描く「言葉の獣」を紹介します。

人の発する言葉を〈獣〉の姿で見ることができる少女・東雲と、そんな彼女に興味をもつ薬研。
ふたりは、この世でいちばん美しい獣を見つけるため、〈言葉の獣〉が暮らす森へと冒険に出る。

日常会話から、SNSのつぶやき、詩歌まで、わたしたちは、言葉にあふれる世界に生きています。
けれど、当たり前にある言葉とはなんなのか、誰も知りません。
わたしたちがいない場所、いない時間の先まで、言葉を遺すことには、どんな意味があるのでしょう。

とてもふしぎなことに、言葉によってわたしたちは理解し合うことができるとされているのに、お互いの〈言葉〉がおなじことを意味する保証は、どこにもありません。

それぞれがイメージする〈言葉の獣〉は少しずつ違う形をしていて、誤解や齟齬が生まれることもある。
それなのに、詩や短歌のような、ごく短い言葉で、自分の本心にふれるような、今まで気づかなかったものを見ることもできる。

ふたりの対話を中心に物語は進みながら、東雲が描いた絵をすぐ捨ててしまって、「自分の痕跡を残したくない」というのに対し、薬研は記録を残したい、「忘れられたくない」というちがいが語られるのも興味深いです。

わたし自身、〈言葉〉への関心に共感しつつ読みすすめてきましたが、共感できないこと、違いを知ることも、言葉による対話で世界をひろげるためには大切なことでしょう。

スマ見「散歩する女の子」(講談社ワイドKC)

最後も、ふたりの少女による対話で進む作品ですが、テーマは路上観察的な〈散歩〉です。

街角の看板の文字から俳句やしりとりをしたり、公衆電話の跡地に何を置くかを妄想したり。

路上観察でよく扱われるアイテム(いわゆる〈物件〉)に、さらに独自の楽しみかたをくわえて拡張する、まさに〈散歩の再発明〉が毎回展開されます。
何かのイベントや誰かとの待ち合わせ前に、少し早めに着いて「散歩する前に一人で散歩する」のは、わたしもこっそりやっています。

「三角コーンについて考える」回では、こういった非対称形の看板をつけたパイロン(三角コーン)が登場します。

ねずみ男パイロン(非対称看板の例)

作中ではここから、さまざまなパイロンのバリエーションを妄想していきます。
さすがにマンガなので現実にはありえない…と思ったら、〈のれん型パイロン〉の実例をカメラロールから見つけてしまいました。

のれん型パイロン(分譲期間限定)

土地建物のほうの物件が売れてしまうと見られない、路上観察的な意味で刹那的な〈物件〉でもあります。
(凪の渡し場〉でひっそり公開しているパイロンのページを更新しておきましたので、このサイトがある限りは記録として遺ることでしょう。

世界はどんどん予測不可能となり、いま当たり前に見ている景色も来年には見られなくなってしまうかもしれません。
だからこそ、いまを記録し、記録となった過去を振り返り、未来に進む原動力としていきたいです。

来年も、良いお年を。

百年後にも夕陽は沈む – 天草諸島・五足の靴をゆく

知らない街への旅は、いつの時代も新鮮な驚きと発見に満ちあふれています。

それはいまから百年以上も前、明治40年の夏。
与謝野晶子の夫としても知られる歌人、与謝野寛(鉄幹)は、主宰する詩歌集「明星」の同人とともに一か月の九州旅行に出かけます。

メンバーは与謝野寛、北原白秋、木下杢太郎、平野萬里、吉井勇。

その旅程は彼ら自身の手で新聞連載され、のちには北原白秋の詩集「邪宗門」など、創作の源泉となります。

時代が降っても、「五足の靴」として知られた、その足跡をたどる人々が絶えません。

今回は、その中心的な目的地である天草諸島(天草市・上天草市)を中心に紹介します。

「五足の靴」では長崎県の茂木港から南下して天草へ向かいますが、旅程の都合で熊本から向かうことにしました。

対岸の島原・天草の乱の終結地となった原城跡にも寄ろうとした場合、本州からは二泊以上は必要になりそうです。
西九州新幹線にも乗ってみたいので、いつかまた訪れる機会がありますよう。

熊本から向かう場合、橋が通じているので車やバスで一気に渡ることができます。
あるいは、特急「A列車で行こう」やシークルーズを乗り継ぐこともできますが、さすがに本題から逸れすぎてしまうので、また別の記事で。

とまれ、天草諸島の〈ナナメ上〉と公式観光ガイドブックで謳われる、上天草市の大久野島から話をはじめましょう。

ここは天草四郎ミュージアム。
天草の乱の首領とされる謎多き美男子・天草四郎を中心に、この地のキリシタン布教と伝道の歴史を解説します。

売店の「ミケネコオリーブ」のオリーブソフトクリームもおいしい。

そして南に向かい、天草上島を通って天草下島へ。市役所のある本渡のあたりは天草諸島でも一番栄えた場所のようです。

かなりの高台にある天草キリシタン館。暑い時期ですし、車で行かなければ向かうのをあきらめていたことでしょう。
「五足の靴」のころは鉄道がようやく開通し始めた時代、ほとんどの道程を文字通り足で走破した明治人の体力に感嘆してしまいます。

日本にキリスト教と西洋医学を伝えた、イエズス会のアルメイダ神父記念碑。

さらに南へ国道266号をひた走り、天草コレジヨ館へ。

コレジヨとは神学校の意味。キリスト教だけでなく宣教師からもたらされた南蛮文化をひろく解説します。

とりわけ印象的なのが印刷物のコーナーです。

元をたどれば聖書普及のためにグーテンベルクが発明したといわれる活版印刷機。
その発明から150年後、帰国した天正少年使節団が持ち込んだ印刷機によって、日本初の活版印刷がこの天草で始まったそうです。

キリスト教布教だけでなく、「伊曾保物語」(イソップ物語)や「平家物語」などローマ字で印刷されたものまであり、現代まで残された〈天草本〉がコレジヨ館に所狭しと並びます。

印刷・フォントの歴史を学ぶと、明治維新後に西洋の活版印刷が輸入され、日本の活字をつくる試みがはじまったと解説されることが多いのですが、いわゆる鎖国によって失われた活版印刷術が、この天草の地にあったことは記憶にとどめておきたいです。

地元のアーティストによって「伊曾保物語」のイソップの生涯を人形で再現した「ESOPOの宝箱」も圧巻です。

コレジヨ館から車で10分程度、﨑津集落へ。

2018年「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連資産」の構成資産として世界文化遺産に登録され、注目が高まっています。

のどかな漁村と、禁教が解禁されてから建てられたという﨑津教会のコントラストが美しい。

集落を見下ろす位置には、﨑津諏訪神社があります。
この地を舞台にした潜伏キリシタン発覚事件「天草崩れ」はブラタモリでも取り上げられていましたね。

信仰というもの、人の幸せのありかたを考えてしまいます。

写真を撮り忘れましたが、近くには﨑津資料館「みなと屋」もあります。

五足の靴記念碑

駆け足で天草諸島をめぐってきました。

大江教会を通ってたどり着いた最西端の下田地区には「五足の靴」の記念碑があり、遊歩道も整備されています。
天候に恵まれれば、東シナ海に沈む夕陽も見ることができます。

時代が移り、人々の生活様式や価値観が変わっても、それらをすべてつつみこむような夕焼けに、悠久の歴史を感じます。

30年前の僕らは胸をいためて – 「タイポグラフィ・ブギー・バック」

ある本を読んで、クローゼットから一枚のCDアルバムを掘りだしました。

1994年に発売された小沢健二のアルバム「LIFE」です。

まだ音楽のサブスク配信も、iPhoneも、iPodさえ存在しなかった時代。
聴きたい曲があればラジカセにCDを入れ、歌詞カード片手にリピート再生していた〈その頃〉が、ついこの間のように思い出されます。

小沢健二さんらしい音楽の奏でに乗って、日常的な光景を美しく変えていく、魔法のようなことば。

そんな歌詞をつづる文字・フォントに着目して、〈その頃〉のぼくらを支えていた作品と文字の記憶に向き合うのが、正木香子さんの「タイポグラフィ・ブギー・バック」という本です。

書籍タイトルが示す通り、最初に紹介されるのはアルバム「LIFE」にも収録された「今夜はブギー・バック」。

この曲のシングルCDではモリサワの見出ミンMA31というフォントがタイトルに、アーティスト名には新ゴが使われていると記載がありました。

わたしはシングルを持っていませんが、モリサワのデジタルフォントなら、このブログ「凪の渡し場」でも紹介したさくらのレンタルサーバ用Webフォント機能から使えるので、同じ設定にしてみました。


今夜はブギー・バック

小沢健二 featuring スチャダラパー


こんな感じですね。
今では一般的なフォントですが、当時は発売されたばかりの最新デジタルフォントでした。

いっぽうで、アルバム「LIFE」や「球体の奏でる音楽」には、当時圧倒的なシェアを誇った写研のフォントが使われているそう。

それは印刷技術が写植からデジタルに急速に移り変わる時代のはざま。

モダンで、でもどこか懐かしく、その時代を象徴する写研のフォントは少しずつ人々の前から姿を消していきます。

小沢さんも、その後新たなアルバムをリリースすることなく、その後約10年ほどメディアの第一線から姿を消します。

そして時は2020年代。
その楽曲は本人や他のアーティストによって幾度となくカバーされ、帰還〈ブギー・バック〉を果たします。

最近の小沢さんは、ホームページやミュージックビデオなどで独特な文字演出をされていて注目しています。

時代が呼応するかのように、長らくデジタル化されていなかった写研のフォントも、2024年にはモリサワによってデジタルフォントとして生まれ変わるといいます。

デジタル化された写研フォントで、小沢健二の歌詞が読めるときが来るのか。
それでもそれは、写植によるデザインが前提だった〈その頃〉のうたに感じたものとは似て非なる感情を呼び起こす予感がします。

正木さんの本に戻りましょう。

「タイポグラフィ・ブギー・バック」では、小沢健二や椎名林檎といったアーティストの楽曲、「NANA」「動物のお医者さん」などの漫画、雑誌「SWITCH」など、ここ30年ほどのメディアを、使われたフォントという観点で読み解きます。

かつて慣れ親しんだ作品の文字が、今はもう簡単に手に入らないフォントであったり、逆にパソコンに普通に入っているフォントであったりと、新たな一面を知ることができます。

なかでも、「古畑任三郎」のオープニングについての考察には驚きました。

ドラマ自体の完成度と相まって一世を風靡した、特徴的な黒バックと白抜きのゴシック体による出演者のクレジット。

幾度となく再放送され記憶に残る映像ですが、2021年に主演の田村正和さんの訃報に接し、あらためて見直した正木さんは、ある違和感を覚えたそう。
そこには30年近く、おそらく誰にも解かれていなかった謎が隠されていたというのです。

同じ時代を生き、同じようなメディアに接したであろう著者の視点に共感も多々ありつつ、フォントを見る目の違いによって、これほどまで景色が変わって見えることに、あらためて驚嘆します。

いま当たり前にある文字も、作品も、やがて誰かの記憶となって未来の世界へ連れて行かれる。
「LIFE」中の楽曲「愛し愛されて生きるのさ」ではないですが、誰もが誰かを(何かを)、愛し愛されながら。

2022年、ふたたび光を当てたい2冊+読書マップ

2022年も、残りわずかとなりました。

毎年の恒例としていた「今年の本」ですが、2022年は思い切って、今年刊行されたわけでもない2冊、それも既に版元品切になって手に入りにくい本に光を当て、その周辺についての思いを文章にしていきたいと思います。

そんな心境の変化は語りつくせないのですが、短歌という詩型にのめりこんでいくうち、みじかい言葉のなかに想いをこめることの尊さとむずかしさを学んだことが大きいでしょう。

では読書マップです。

一冊目は、藤子不二雄A「PARマンの情熱的な日々」(集英社ジャンプスクエア特別編集)

「笑ゥせえるすまん」「プロゴルファー猿」など数多くの人気漫画・キャラクターを生み出し、2022年4月に88歳で亡くなったA先生の、最後の雑誌連載作です。

仕事そっちのけでゴルフコンペやパーティに駆け回る、奔放な漫画家人生がコミックエッセイ形式で描かれます。

さいとう・たかを、赤塚不二夫、石川遼…

作品に登場する実在人物も思い出の中で語られるキャラクターも多彩で、この作品自体が豪奢な船上パーティのよう。

ご自身、回想のなかで小さいころはシャイだったと言うA先生。

伝説のアパート・トキワ荘での漫画家仲間との交流から、社交性が花開いたのでしょうか。

なんにでも興味を持つ少年心をいつまでも忘れず、つぎつぎにその対象をひろげていきながら作品に取り込んでいく情熱。

その奇跡的なバランスが、88歳までの「まんが道」という軌跡を生んだのだと思います。

「PARマンの情熱的な日々」は残念ながら2022年末現在、新刊で入手困難ですが、「81歳いまだまんが道を…」(中公文庫)や、没後に出版された「トキワ荘青春日記 プラスまんが道」でも、そのエッセンスの一端を味わえます。

米澤嘉博さんによる、〈白い藤子〉〈黒い藤子〉とよばれたF先生とA先生合作時代の足跡をたどる「藤子不二雄論 FとAの方程式」(河出文庫)も見逃せません。


さて、もう一冊は清涼院流水「成功学キャラ教授」(講談社BOX)

ある日、あなたのもとに届いた〈人生成功講義〉当選のお知らせ。
1回で400万円の価値があるという「キャラ教授」の講義、全10回を聞くことで、誰もが成功できる〈絶対成功法〉の秘密を手にすることができる…。

西尾維新「化物語」と同じ講談社BOXの創刊ラインナップとして刊行されながら、ビジネス書仕立ての小説という破天荒な内容が当時は戸惑いを生んだそう。

しかし後年、ビジネス書の〈成功本〉というジャンルで再評価されているといいます。

実際に、古今東西の成功本を数百冊読んだ著者が、その共通点を誰にでもわかる形でまとめ上げるというコンセプトは明快。
ふだん小説を読まない方にこそ先入観なく楽しめ、役に立つ内容が凝縮されています。

「あらゆる他人を肯定する」、「やらないといけないことが多すぎる、ということはない」など、反射的には否定してしまいたくなるキャラ教授の言葉。
けれど、その意味を本当に理解できれば、困難なときこそ思い返して救われる、まさに金言のように感じます。

さて、なぜ今キャラ教授なのか。清涼院流水なのか。

それは、2022年2月22日にさかのぼります。

世間的には〈2並びの日〉、スーパー猫の日などと盛り上がっていた当日、明治神宮では、ある秘密のゲームが現実世界を動かし、誰も予想しなかった結末をむかえていました。


さらに時をさかのぼること18年前。

清涼院流水「キャラねっと 愛$探偵の事件簿」(角川書店)は、オンライン学園ゲーム、VRアイドルなど時代を先取りした舞台設定のライトノベルとして、刊行当時も楽しんだ記憶があります。

しかし、本当のゲームのはじまりはここから。

雑誌「ザ・スニーカー」でひっそりと告知された〈秘密のゲーム〉は、18年間、雑誌と本書を持ったまま、それを誰にも言わず、2022年2月22日に、とある場所に集まることで勝者の栄冠を得る、というものでした。

現実よりも現実離れしたゲームの顛末は、清涼院流水さんが主宰するThe BBBの無料電子書籍2022年2月22日午後2時22分で読めます。

わたし自身は、たまたま2月を過ぎてThe BBBを訪れた際に知っただけで、愛読探偵になる資格さえありませんでした。

なにかの信念を時を超えて持ちつづけること、物体としての本を持ちつづけることの困難さ。
それらを乗り越えた方々に驚嘆しかありません。
継続も、成功の小さくて大きな種。

清涼院流水さんは現在、TOEIC満点達成者・英訳者としても活躍し、森博嗣さんの「スカイ・クロラ」や「すべてがFになる」の英語版を海外の読者に届けるという成果を出し続けています。

さらにカトリック信徒として受洗され、聖書やキリスト教にまつわる著作も増えています。
最新刊「どろどろのキリスト教」(朝日新書)は、キリスト教2000年の歴史を、あえて愛憎劇を主眼にコンパクトかつダイナミックにまとめた一冊。
小さなジャンルの常識を打ちやぶってきた著者ならではの本でしょう。

キリスト教徒でない身にも、類書にない驚きと興味を感じるエピソードばかり、ひとつひとつを長大な流水大説として読みたい! と思わせます。

来年、2023年は、うさぎ年。

「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざがありますが、2並びの年を経て、単純な二元論ではなく、あえて相反するようなものを同時にきわめようとする姿勢も必要かもしれません。

「二兎追うものしか二兎を得ず」をコンセプトにした、愛知県岡崎市にある丸石醸造の日本酒「二兎」の味は、一度飲んだら忘れられません。

二兎を追いつづける先に、あたらしい世界が待っています。

それでは、良いお年を。

2021年、不確実な世界を生きてゆく10冊+読書マップ

2021年の大晦日です。

アフターコロナを叫ぶ本は多くあれど、ものごとは年の区切りのように〈はじまり〉と〈おわり〉をはっきりつけられるものなのだろうか、と思っています。
そんなはっきりしない状態が不安だからこそ、人は区切りや区別をつけたがるのかもしれません。

さて、そんな時代に読みたい本とは。
いつものように時流に乗りすぎず、新刊にこだわらず、今年読んで個人的に印象深かった本を取りあげます。

去年までの〈今年の本〉記事はこちら。

昨年から導入した〈読書マップ〉です。

一年ぶんをまとめると冊数が多すぎるので、それぞれのブロックごと、黄色の枠で囲った10冊を中心に紹介していきます。
ここに取り上げられなかった本を含めて、毎月の読書マップは note にて公開しています。

短歌

今年もたくさん短歌を読み、詠みました。

東直子・穂村弘「短歌遠足帖」

歌人のお二人が、ゲストとともにさまざまな場所を訪れ、短歌を詠む吟行の様子を一冊にした本です。

なかなか外出がままならない時期もありましたが、個人的にも実際に吟行ツアーに参加したり、そうでなくても訪れた場所をテーマに短歌を詠むのは本当に楽しく、思い出の解像度も上がります。

この本にも登場する歌人の岡井隆さんは2020年に亡くなられました。
加藤治郎さんによる「岡井隆と現代短歌」(短歌研究社)で、その業績と現代短歌史を概説することができます。

新鋭の歌人としては寺井奈緒美さん「アーのようなカー」(書肆侃侃房)、工藤玲音(くどうれいん)「水中で口笛」(左右社)などが印象にのこりました。ともに日常エッセイ的な文章も楽しい。

科学・数学

ティ・カップに内接円をなすレモン占星術をかつて信ぜず

杉崎恒夫「食卓の音楽」六花書林

こちらは天文学者でもあった杉崎恒夫さんの歌集「食卓の音楽」冒頭の一首です。

科学と詩的世界は意外に親和性がよいのか、岡井さんは医学部出身、永田和宏さんも短歌と生物学の両方で顕著な業績をあげられています。

タイトルつながりでマーカス デュ・ソートイ「素数の音楽」も読みたい。

「ネコはどうしてわがままか」は、動物行動学者・日高敏隆さんの名エッセイです。
あっ、ネコが塀の上を歩いているので、あとで追いかけましょう。

「三体問題」(ブルーバックス)はSF小説の元ネタにもなった数学・天文学上の難題に挑む人々の400年の歴史を描きます。

カルロ・ロヴェッリ「すごい物理学講義」

2021年7月の読書マップ – 人生と科学の意義 でも取り上げたように、不確かだが「目下のところ最良の答えを教えてくれる」科学の本質を知ることができます。

コトバと心

「新薬という奇跡」は、まるでギャンブルのような成功率の創薬に挑む人々のものがたり。

医学は科学でもあり、人の心身という不確実なものを相手にするものでもあります。

春日武彦「奇想版 精神医学事典」

穂村弘さんと精神科医・春日武彦さんの対談本「ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと」から飛び出したネコを追って、春日さんの本を何冊か読みました。独特の鬱屈感ある文体が癖になります。

中でもこの本は、精神医学的な見出し語を連想ゲームのようにつなげつつ、古今東西さまざまな事物を引用していく驚きの一冊で、読むのにものすごく時間がかかるのでご注意ください。

驚きといえば、書店でタイトルを見て手をとった「自閉症は津軽弁を話さない」は、その分析結果もまた意外なものでした。

川添愛「言語学バーリ・トゥード: Round 1 AIは『絶対に押すなよ』を理解できるか」

こちらもタイトル買い。もはやなんでもあり、場外乱闘的な言語遊戯の世界が楽しい。

古今東西の俳句を学習する〈AI一茶くん〉プロジェクトの軌跡をたどる「人工知能が俳句を詠む」。本当にすごいのは、AIの詠む俳句で感動できる人間です。

将棋

大川慎太郎「証言 羽生世代」

AIがトップ棋士の能力を上まわったと話題になったのは数年前のこと。
そんなAIとの共存が当たり前になった将棋界はいま、藤井聡太という天才の出現によって湧き上がっています。

藤井さんや羽生さんと同じく中学生で棋士になった17世名人・谷川浩司さんが、天才棋士を語る「藤井聡太論 将棋の未来」

その谷川さんを倒し史上初の七冠王を達成した羽生善治さんと、同年代の棋士たちへのインタビューをまとめたのが「証言 羽生世代」
平成の将棋界を席巻した羽生さんも、通算タイトル100期を目前に、ちょうど元号が変わるころタイトルを失います。
藤井さんのデビューもあって世代交代の印象を強くしますが、まだまだこの世代の層は厚く、これから50代、60代になってどんな将棋を見せてくれるのかも楽しみです。

 

そして、そんな羽生世代と戦い、なかなかタイトルに手が届かなかったものの、40代で史上最年長のタイトルを獲得した木村一基九段の言葉をまとめた「木村一基 折れない心の育て方」も、これから40代をむかえるわたしには、とりわけ心を打たれました。

生き方・働き方

「さよたんていのおなやみ相談室」

不確実な世界、いくつになっても人は迷うものです。

そんなときこそ読書が心の支えになってくれる、若松英輔「読書のちから」

何歳になっても自分のキャリアをやり直せる「ライフピボット」

それでも迷うあなたは「さよたんていのおなやみ相談室」へどうぞ。

関西に住む小学生の女の子が、人々の悩みを鋭く解決。手書きの文字とイラストもかわいい。
関西の人気番組「探偵!ナイトスクープ」が好きな人には絶対におすすめです。

歴史と人のミステリー

筒井康隆「ジャックポット」

SF・文学界の巨匠、86歳にしての最新短篇集です。コロナ禍を疾走する表題作はじめ、言語と文学の可能性をつきつめる筒井作品。
今年はとりわけ、いくつもの過去作品が復刊・重版され、まだ筒井康隆を知らない人に届いていくのが嬉しい。

「ジャックポット」中のとある短篇では、森博嗣さんや円城塔さんなど作家の名前が多く挙がります。
円城塔「文字渦」もまた文学(あるいは文字)の歴史に挑戦する小説。コロナ禍に文字渦(言いたいだけ)。

森博嗣「歌の終わりは海 Song End Sea」は英語タイトルが意味深。不気味なほどにリアルな世界観は、このままコロナ禍を描くシリーズになるのかどうか。

森博嗣さんに続くメフィスト賞受賞者の清涼院流水さんは近年、英訳者として活躍しています。
「どろどろの聖書」を読めば、キリスト教になじみがなくても(ないからこそ?)強烈なエピソードが頭に入ってきます。


日常と都市鑑賞

「日本建築集中講義」では建築史家の藤森照信さんと画家・山口晃さんが、全国各地の著名建築を訪ねて歩きます。二人の掛け合いも楽しい。

藤森照信さんや赤瀬川原平さんらによってはじまった〈路上観察学会〉は、路上観察や都市鑑賞という一大ジャンルを生み出しました。

東京オリンピック2020の開会式で話題になったピクトグラム。「世界ピクト図鑑」は、路上観察的な楽しみ方もできつつ、まちづくりやデザインの観点からも学びが多いです。

「水路上観察入門」は暗渠を研究する吉村生・高山英男のお二人による〈水・路上〉あるいは〈水路・上〉を楽しむ一冊。

パリッコ「ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある」

酒場ライター・パリッコさんが、コロナ禍で酒場に行けないなか見出した〈新しい日常〉。
時が止まったようなスーパーマーケットの2階。駄菓子の味くらべ。このこみ上げる叙情はいったい何なのでしょう。

藤井基二「頁をめくる音で息をする」

尾道にある、深夜営業の古本屋・弐拾㏈の店主によるエッセイ。装丁も含めて美しい本です。
瀬戸内・ひろしま・尾道という、そこに住まない者にとっては旅情あふれるまちでつづられる日常は、どこか非日常に存在がしみ出るよう。

そうして日常は続き、それでも詩情は消えない。

そんな世界を、生きてゆく。

2022年も、よいお年を。