2019年、視点がひろがる15冊

令和時代をむかえた2019年も残りわずかです。

年をとると、季節の移ろいがあっという間に感じる人は多いでしょう。

その理由のひとつに、こどもは毎日が新しい経験ばかりだから時間感覚が長く、おとなになると同じことの繰り返しがふえてくるので短く感じるという説があるそうです。

それでいうと、ことしは個人的に新しいことや、いままで苦手だったことにも取り組んだ一年で、比較的長く感じました。

「平成31年」と「令和元年」二年ぶんを生きたような気分にもなります。

長く感じたぶん、読んだ本もいろんなジャンルにまたがっていて、毎年恒例の〈今年読んで面白かった本〉を選ぶのに苦労しました。

ちなみに去年までの記事はこちら。

どんどん冊数が増えていくのも考えものなので、ことしは小説は除いて〈視点がひろがる〉という三つのテーマで五冊ずつ選んでみました。

では、さっそくご紹介しましょう。

 

〈多様な生き方を考える5冊〉

若松英輔「悲しみの秘義」

若松さんの文章には新しい時代を生きるヒントに – 学びのきほんで紹介した「考える教室」ではじめて触れました。一度読んだだけでは汲みきれない、きらめきを感じる言葉たちが、読者の心に寄りそうようです。

 

平川克美「21世紀の楕円幻想論」

本を選ぶときは、自分の考えに近いものだけでなく、ときには相反するようなものも手にとるよう心がけています。

対立する円と円が、たがいに反発しあうだけではなく、ふたつの中心をもった楕円のようになることで、世界はひろがっていく…そんな〈楕円幻想論〉のイメージが心にのこります。

考えすぎる人生への処方箋 – 思わず考えちゃうで紹介した絵本作家・ヨシタケシンスケさんの自作解説や、創作の秘密にせまる一冊。

人生の目標は「おこられないこと」というのに思わず大きくうなずいてしまいました。いろんな人がいる世界だからこそ、おこられないことは大事ですよね。

 

ジェリー・ダシェ/マドモアゼル・カロリーヌ「見えない違い」

違いを認める生き方へ – 見えない違い 私はアスペルガーでご紹介。人付き合いが苦手、騒がしいのが嫌いなヒロインに共感する人も、そうでない人も。

 

細川貂々「生きづらいでしたか?」

他人の気持ちを察しすぎてしまうときの、「受けとめて棚にあげる」考え方でご紹介。生きづらい人たちが集う〈当事者研究〉が気になります。自分のネガティブさも大事にしていきましょう。

 

〈学術の視点で世界を見る5冊〉

広瀬浩二郎「目に見えない世界を歩く」

国立民族学博物館に勤める全盲の文化人類学者・広瀬さんが案内する、目の見えないひとの世界。

この記事の写真は、その国立民族学博物館のインフォメーションゾーンの展示から。ことばを音にしたり、さわって感じたり。世界は〈見える人〉が思っているよりずっと広い。

 

瀧澤美奈子「150年前の科学誌『NATURE』には何が書かれていたのか」

世界一の学術誌「Nature」が創刊された150年前は、科学者(Scientist)という言葉はありませんでした。

当時を生きた西洋人による、現代の最先端科学につながる研究から、開国直後の日本を紹介した記事など、その多彩さに驚かされます。

 

石田五郎「天文台日記」

星を見るひとの静謐な世界 – 天文台日記で紹介。光が一年間かかって届く距離をあらわす光年という単位は、天文学の世界では、ほんの小さなものにすぎません。そんな天文学に人生を捧げた著者の記録が、美しい文章でつづられます。

 

斉藤光政「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」

偽書というのは、どうしてこんなにも人の心をつかんでしまうのでしょうか。公的に歴史書として扱われた文書が、実はまったくのデタラメではないかという疑いが持ち上がる…。地方紙記者が、偽書に翻弄されたまちと人々を追う一冊。

 

秋田麻早子「絵を見る技術」

美術館や教科書で、なんとなく眺めていた名作とされる絵には、実は共通した構造があり、正しい見方があるといいます。

この本を読むと、いますぐ美術館に行って、答え合わせのように名画を読み説きたくなります。

 

〈本の世界の奥深さを覗く5冊〉

鳥海修/高岡昌生/美篶堂/永岡綾「本をつくる」

〈本をつくる人〉とひとくちに言っても、そこには製本をする人、活版印刷をする人、そのまたフォントをつくる人など、多くのプロフェッショナルが存在します。モノとしての価値を高める本づくりの過程を描く本です。

 

堀井憲一郎「文庫本は何冊積んだら倒れるか」

ノーベル文学賞受賞者はどれくらい長生きなのか、小説の最初と最後の一文をつなげてみたら…。いままでにない方向から本を楽しむ著者の心意気が伝わります。たぶん。

 

坂根敏夫「新・遊びの博物誌」

仕掛け絵本・さかさま文字など、古今東西の変わった本やおもちゃなどが次々に紹介される、古い本ですが時代を超えて楽しめます。

 

「北村薫のうた合わせ百人一首」

北村薫さんという現代の読み巧者によって、短歌という世界への扉が開かれます。ひとつのテーマにそって二首ずつ五十編、合計百人の歌が集う。

来年はもっと短歌を読みたい、そして詠みたいと思います。

 

BRUTUS特別編集「合本 危険な読書」

最後は本当に危険な一冊。最も危険な作家・筒井康隆インタビューを目当てに買ったのですが、このムックだけで読みたい本が何十冊も増えてしまいます。

 

それでは来年も、良い本を。

図書館で味わう装丁の世界 – アールデコの造本美術と本のヌード展

本の装丁といえば、まず本文の印刷された紙があり、それが少し厚手の表紙・裏表紙で包まれ、さらにカラー印刷されたカバーや帯がかけらる、といった形を想像することでしょう。

けれど、そうした本の定形は、実は20世紀に入ってから、ここ百年程度で確立されたものだったりします。

それ以前はカバーもなく、表紙すら本を手にした人がそれぞれに装丁をほどこすものでした。

かたちが確立したからこそ、かえって気にとめることが少なくなっている本の中身、それを存分に味わえる展示が日本の東西図書館で開かれています。

 

まずは東京、日比谷図書文化館にて令和元年12月23日(月)まで開催中の「アール・デコの造本芸術」展を紹介します。

特別展鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界 | 特別展 | ミュージアム | 日比谷図書文化館 | 千代田区立図書館

バルビエ、マルティ、マルタン、ルパップ ― アール・デコ四天王の作品が一堂に 会期:2019年10月24日(木)~12月23日(月) ※ 休館日 11月18日(月)、12月16日(月) 観覧時間:月曜日~木曜日10:00~19:00、金曜日10:00~20:00、土曜日10:00~19:00、日曜日・祝日10:00~17:00(入室は閉室の30分前まで) …

 

最寄り駅は東京メトロ日比谷線・千代田線の霞ヶ関駅、日比谷公園のそばです。

公園はなんだかすごい人だかり、鶴舞公園みたいですね!

その一角にある日比谷図書文化館は図書館とミュージアムを兼ねた施設のようです。

柱を守護するパイロンズ。

館内は撮影禁止ですが、フランス文学者の鹿島茂さんのコレクションから、20世紀初頭のアール・デコ時代の挿絵本が展示されています。

この時代、表紙は後で差し替えられるために意外と地味で、そのぶん本文の挿絵や扉絵が豪華になったよう。

レトリーヌという図案化された文字はロゴ・タイポグラフィ的にも楽しめます。

 

さて、次は関西、奈良県立図書情報館へ向かいましょう。駅からは少し離れていますが、JR奈良駅や近鉄新大宮駅から奈良交通バスが出ています。

図書展示「本のヌード展」令和元年11月1日(金)~12月26日(木) | 奈良県立図書情報館

図書情報館では、図書展示「本のヌード展」を開催します。さまざまな分野の方々が選んだ本を実際に触りながら、カバーと表紙のデザインのギャップの面白さや楽しみを、選者のコメントともに体感していただける展示です。 また、直木賞作家・大島真寿美さんの、造本までこだわりぬいた作品づくりを紹介するコーナーや、本づくりのプロセスをさかさまから学ぶ「本の解体展」もあわせて開催します。 …

こちらでは12月26日(木)まで「本のヌード展」という気になる名前の展示が開催されています。

以前に大阪の堂島にある本屋さん「本は人生のおやつです!」で開かれた展示だそうで、現代日本で普通にカバーをかけられて販売されている本を、あえてカバーを「脱がせて」楽しむというものです。

実際に本を解体するイベントなども開催されるそう。

祖父江慎さんが手がけた「胞子文学名作選」や「伝染るんです。」など、装丁に工夫を凝らした本も多数展示されています。

 

地元・大阪本が並べられたコーナーでは、読んだことがあるにもかかわらずカバーの下まで確かめなかったものもあり、思わず家に帰って「脱いで」もらいました(笑)。

 

どちらも、読むだけでない本の魅力を感じる展示でした。

 

広島の歴史とともに – 熱狂のお好み焼

※この記事は約一年ぶりの〈広島偏愛シリーズ〉です。

広島に行くと、必ず食べるご当地料理があります。

それは、いわゆる広島風お好み焼きです。

 

大阪のお好み焼きとは違って、焼きそばやうどんを入れて焼く特有のスタイル。

オタフクソースをはじめとする、濃厚ソースの味付け。

お店ごとに異なる、さまざまな具材や味付けなどのオプション。

 

そんな個性的な食のスタイルが街中に浸透している広島は、全国各地を旅して見てきた中でも珍しい存在です。

(名古屋のいわゆる喫茶店文化も、それに近いものがありますが)

いったい何故、広島だけにこのようなお好み焼文化が存在するのか。

それを紐解く、〈お好み焼ラバーのための新教科書〉を銘打った本があります。

※「凪の渡し場」では、いままで〈お好み焼き〉〈広島風お好み焼き〉と表記してきましたが、これ以降は本書に従い〈お好み焼〉〈広島お好み焼〉と表記します。

レストランレビューサイトを運営している著者の調査により、お好み焼の発祥から現在にいたるまで、そして名店といわれるお好み焼屋の数々が紹介されていきます。

意外にも、お好み焼のルーツは明治から大正にかけての東京にあるといいます。

この料理はそこから東海道・山陽道をたどるように広まり、そして戦後の復興とともに大阪や広島で独自の進化をあゆみます。

さまざまな店主やその先代のエピソードから、広島というまちの歴史が浮かび上がります。

食の歴史は、ひとの歴史でもあるのです。

 

また本書では、地元でよく出される、ヘラと呼ばれる小さなコテでお好み焼を上手に食べるコツも紹介されています。

多くの具材が層状になっている構造上、うまく切り分けるのにもなかなか苦労することがあります。

慣れた手つきで食べる地元の方にひそかな憧れをいだいていたので、次に広島に行くときまで、この本を読んで予習しておきます(笑)。

 

 

星を見るひとの静謐な世界 – 天文台日記

最後に星を見たのはいつのことか覚えていますか?

こどものころには星座のものがたりや天文学の話題に心をおどらせた人も多いでしょう。

大人になっても、仕事を終えて家路を急ぐ夜更け過ぎ、ふと夜空を見上げれば、無数の星が無限の彼方まで広がっています。

つい「無数」とか「無限」といったことばを使ってしまいましたが、実際には星の数にも、その広がりにも限りはあります。

ただ、ひとりの人間が一生で汲み尽くすには、あまりにも広大で、奥が深い。

その世界を垣間見られるのが、とある天文学者の一年をつづった「天文台日記」です。

まだ山陽新幹線が全通していない時代、瀬戸内海と伯耆大山にはさまれた山中に建てられた岡山天体物理観測所が、本書の舞台です。

74インチという当時日本最大の反射望遠鏡を使うため、全国から研究者が集まり日夜観測を続けます。

資材の準備や現像などで苦労を重ねるエピソードもありつつ、日常から隔絶されたような星見の世界は、どこか郷愁と憧れを誘います。

ロシア革命時の天文学者を題材にした戯曲『星の世界へ』を紹介した一節が印象的です。

長女 あたしの天文がきらいなわけは、地面の上にまだしなければならないことがたくさんあるのに、よくものんきに空など見ていられたもんだと思うからです。

助手 天文学は人間の理性の勝利です。

(中略)

天文学者 一秒ごとに地球の上ではだれか人間が死ぬのだ。宇宙ではおそらく一秒ごとにどこかある世界が滅びるのだ。ひとりの人間の死のために、どうして泣いたり、絶望したりしていられるものか。

 

石田五郎『天文台日記』(中公文庫)

これを読んで『問題解決大全』という本で最初に取り上げられていた「100年ルール」を思い出しました。

生きていれば辛いことも悲しいことも数限りなく起こり、絶えずさまざまなことに思い煩わされます。

それでも人の一生からすれば、100年もすればすべてのことが解決している、そう考えれば気持ちがすこしだけ楽になります。

天文学では光が一年の間に移動する距離をさす「光年」という単位がよく使われます。

光の速さですら何年、何百年とかかるほど離れた星の世界と向き合うことも、人の理性は可能にしてくれるのです。

 

ちなみに本書の初版刊行から半世紀ほど経った令和になっても、岡山天体物理観測所は望遠鏡の利用を続け、岡山天文博物館の管理で一般向けのイベントも行われているようです。

岡山天文博物館 -Okayama Astronomical Museum Home Page-

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プロフェッショナルの仕事のバトンリレー – 本をつくる

本とは、不思議な存在です。

本がつくられるのは、中身であるコンテンツを読み手に届けるのが第一の目的であることは間違いありません。

けれど、それだけでなく、そのコンテンツの見せ方、印刷の仕方、そして装丁にいたるまで、さまざまな人の手によってモノとしての本はかたちづくられます。

そんな、一冊の本をつくるまでの過程を追ったのが、こちらの本です。

 

この本は、序章〈本のはじまり〉のあと、〈文字をつくる〉〈組版・活版印刷する〉〈製本する〉という三章で成り立っています。

序章では、詩人・谷川俊太郎さんの詩を書体設計士の鳥海修さんオリジナルフォントで組む、という「本づくり協会」の企画が語られます。

文字をつくるという鳥海さんの仕事に触れた谷川さんが書き下ろしの詩を生み出すことで、実際に企画がスタートします。

鳥海さんの仕事は、谷川さんの詩をイメージしながらも、あくまでふだんから理想とする「水のような、空気のような」フォントをつくることでした。

そしてできあがったフォント「朝靄」をもとに、活版印刷を長く手がける嘉瑞工房の高岡昌生さんは、活版印刷のプロという視点で、微調整を加えつつ詩の本文をつくりあげます。

さらに、手製本に特化した製本会社・美蔫堂の職人の手によって、それは最終的な本のかたちへと変貌を遂げます。

 

それぞれがけっして手を抜かず、プロフェッショナルとして自らの役割を果たし抜き、次の工程につないでいく。

理想的なバトンリレーのような仕事のかたちがここにあります。

 

本づくりの姿勢としては、こちらの本も思い起こされます。

2016年に埼玉と愛知でそれぞれ芸術祭の監督を務めた芹沢高志さんと港千尋さんによる、本のありかたを考えた対談をもとにした一冊です。

ここでは本づくりに携わった数多くの人の名前を、映画のエンドロールのように漏らさず収録するというアイディアが実現されています。

多くのプロフェッショナルの仕事によってつくられる本のかたち。それをまた、次の世代へバトンを渡していきたいと強く感じます。