ひらく京都の底力 – 京都モダン建築祭

それは、いまからおよそ150年前のこと。

明治維新をむかえ、それまで千年以上も日本の首都であった京都は、その座を「東の京」と名付けられた東京に実質上、明け渡します。

そのころの市中の窮状は、まだ記憶に新しいCOVID-19による緊急事態宣言下のそれを上回っていたことでしょう。

けれど、そこからが京都のまちが底力を発揮するとき。
伝統をすべて捨て去るでもなく、新しいものをかたくなに拒むでもなく。

やがてこの地は、学校や美術館などの公共施設から民間企業、教会までがおりなすモダン建築の宝庫となっていきました。

そんな古くて新しい京都の建築がいっせいにひらかれる、京都モダン建築祭。

大阪の〈通称イケフェス〉・生きた建築ミュージアムや、まち歩きツアー〈まいまい京都〉なども協力するとあって事前の期待も高まっていました。

会期は2022年11月11日から13日の三日間、なかなか情勢的にも人出が読みづらいところがあったと思います。
主催やボランティアスタッフのみなさまのご尽力に感謝します。

参加者側としても予想以上の人出に驚きましたが、みなさん行儀良く並びつつも熱心で、建築への敬意が感じられたのが印象的でした。
すべてを回りきることはできませんでしたが、一部を紹介していきます。

まずは平安神宮にも近い京都府立図書館から。

ちょうど、わたしが大学生になったころに改築され、何度か通ったことがあるので印象的な建物です。
…というと年齢がわかってしまいますね。
あれからもう20年以上経つと思うと我ながらおそろしいですが、京都の歴史からすれば一瞬のこと。

特別公開では外階段に登れるのと、竣工時に使われていた家具などの展示室が見られます。
かつては多くの図書館で使われていたという、半開架式書棚。

連携企画で、建築祭の関連書籍コーナーも公開されています。
時間があれば館内でゆっくり読みたいところですが、今回はリストだけいただいて、またいずれ。

京都モダン建築祭 関連展示(11月11日(金)~11月13日(日)) | 京都府立図書館

明日11月11日(金)から11月13日(日)まで京都モダン建築祭が開催されます。 京都府立図書館では建物北側の外階段、3階の家具展示コーナーを特別公開いたします。 あわせて3階ではレアな写真とテラコッタを展示しますのでぜひご覧ください。 展示期間:1月11日(金)~11月13日(日)までの10時から17時まで …

岡崎公園として整備されたこの一帯は、とにかく広大な敷地に多くの建築が集まっています。
紅葉を見つつ散策するのにうってつけです。

平安神宮の社務所では、大鳥居のかわいい模型が公開。
平安神宮の北西にある、京都市武道センター(旧武徳館)
その前庭の土俵にあった、京都市の水引幕とパイロン。

京都市京セラ美術館は、昨年のモダン建築の京都展など、何度も訪れていて大好きな美術館のひとつです。

本館横の「ザ・トライアングル」も意外な展示が無料公開されていることが多く、おすすめです。
現在は、フォントの文字組に使われる仮想ボディをテーマにした「仮想ボディに風」が開催中でした。

藤田紗衣:仮想ボディに風

藤田紗衣は、ドローイングを起点に、シルクスクリーンやインクジェットプリント、コンピューター画像加工ソフトを用い、版数の限定や地と図の反転、拡大など、自ら設定した制作上のルールに基づくイメージへの多面的なアプローチによって作品を制作しています。近年は、セラミックや書籍など、さまざまなメディアを自由に組み合わせることで、複製技術としての版画技法と一点もののオリジナルのミックスを試みています。 …

さらに新館では「アンディ・ウォーホル・キョウト」展が令和5年2月12日まで開催中で、見逃せません。

アンディ・ウォーホル・キョウト / ANDY WARHOL KYOTO

ANDY WARHOL KYOTO – the first major Andy Warhol exhibition in Kyoto, Japan to be held at Kyoto City KYOCERA Museum of Art.

建築祭とは直接関係ないと思っていたら、ウォーホルが生前、京都に滞在した際のコーナーがあり、建築祭の対象となるウェスティン都ホテルの名前もありました。

展示自体もスマホでの写真撮影自由で、大量生産をモティーフにしたウォーホル作品が、観覧者自体の手で複製・拡散されていく仕掛けがおもしろい。

そろそろ建築祭の特別公開に戻りましょう。

すべてが絵になる京セラ美術館ですが、貴賓室の格天井はワンランク上ですね。物理的に。

ここから都ホテルまで、地下鉄東西線で一駅ですが、疏水沿いを歩いていくこともできます。

琵琶湖まで11km!

蹴上インクラインや琵琶湖疏水船も楽しそうですが、また次の機会に。

ウェスティン都ホテル京都では、村野藤吾の設計によるスイートルームや、空中の日本庭園をめぐる贅沢な時間を過ごせました。

遠くに平安神宮の大鳥居や市街地が見渡せます。

柱と天井の継ぎ目まで貼られた壁紙が美しい。

この調子で紹介していくと終わりそうにないので、泣く泣く割愛しつつ次のスポットへ向かいましょう。

烏丸線に乗り換えて丸太町駅、京都御所のとなりに広がる平安女学院の明治館キャンパス。

大阪から京都に移転してきたキリスト教女学院で、礼拝堂である聖アグネス教会とともに特別公開の対象となっていました。
今回、ほかにも多くの教会が公開され、寺社仏閣だけでない京都の奥深さを印象づけます。

現役で使われる建物の中に、歴史を感じる煉瓦やオルガンなどがそのまま残る不思議。
ここからは入れませんの教科書体と小さきパイロン優雅な扉
思わず短歌を詠んでしまうほど、細やかな気遣いにうたれます。
食堂らしき室町館地下のカフェも英国風に彩られ、この空間を普段使いできる学生さんたちがうらやましい。
ここは猫カフェなのか、と思うほど猫の写真があちこちに。
黙食の案内も、猫に注意されたら従わざるをえません。
近くの京都府庁旧本館も、まるで庭園のような空間。
ただ、ちょっと公開時間を勘違いしていて、議場などが見られず。

仕方がないので「文化庁がやって来ます」パイロンだけ撮って引き返します。

烏丸線に乗って、四条駅から少し西へ行くと、元成徳中学校にたどり着きます。
改修をくり返し、さまざまな用途で使い続けられる、年輪を刻むような天井の配線が印象的です。

ここから河原町までの繁華街、いつものにぎわいが戻っていて、人混みが苦手なわたしでも少し嬉しく思ったり。
京都BALの丸善京都店では関連ブックフェアも行われています。
個人的には旧店舗への思い入れが大きいのですが、それはまた別の話。

最後はフォーチュンガーデン京都(島津製作所河原町旧本社)を紹介します。
順番待ちの間にも、玄関の照明がつくりだす天井の影に目をうばわれます。

レストラン・ウェディング会場としての改修にあたっても、竣工時の武田五一デザインを多く残しているそう。

一階ごとに違う表情を見せる階段の踊り場、そしてエレベーター。
階段を登るたびに過去への旅をしているかのようです。

そして、次の100年、150年先に思いを馳せて。
このまちを歩けば、困難を乗り越えるヒントがきっと見つかる。

自分だけの星座をみつけたい

冬になると、よく夜空を見上げます。

家までの帰り道、日の入りも早くなり、澄み渡った空に星々がきらめくのを感じる季節です。

星見の楽しみ方は人それぞれだと思いますが、わたしはスマートフォンのアプリを片手に星座をみつけるのが好きです。

 

よく、北極星をみつけるのに、カシオペア座のWから交点を延ばすとか、北斗七星を使うという方法が紹介されることがあります。

でも、そう言われると、カシオペア座が北極星をみつける道具に過ぎないようにも思えてしまいます。

北極星だって、ポラリスという名前の、こぐま座を構成するひとつの星なのです。

星座の間に、優劣はありません。

 

さらに言えば、星座というのも古代の占星術や天文学という視点から生まれたものです。

ほんとうは距離も大きさもバラバラの星々を、ある時点の地球から見たうえで、勝手につなぎ合わせた星座のかたちは、宇宙のどこにも存在しません。

それでも、人はそれに意味を、物語を見出します。

一等星だけを探すのではなく、明るい星も暗い星もつなぎ合わせて意味をみつけるのは、人類の習性かもしれません。

 

視点を個人の趣味や特性に転じてみましょう。

 

仕事でも趣味でも、それだけに長年打ち込んでいる人を見ると、到底かなわないと思える瞬間があります。

 

たとえば、どれだけフォントが好きと言っても、一流のフォントデザイナーには追いつけない。

けれど、フォントが好きで、本や物語が好きで、まちの風景が好きで…といった視点をつなぎ合わせることで、日常のなかに新たな意味を見つけることができるかもしれません。

 

たとえば、ネコが好きでも、岩合光昭さんのような写真家になるのは難しいでしょう。

けれど、たとえば路上観察・都市鑑賞の視点を持ち込めば、〈猫とパイロン〉といった唯一無二の視点で写真を撮ることができます。

好きなものをたくさんみつけて、自由につなぎ合わせれば、自分だけの星座を描くことができるのです。

旅情のパイロン

旅先では、あらゆるものが新鮮に映ります。

日本全国、どの路上にもあるパイロン(カラーコーン)も、あらためて目をとめてみれば、旅情を誘うものです。

今回は、そんな路上=旅情のパイロンズを紹介します。

まずは偏愛する広島から。

広島では、毎年ゴールデンウィークにフラワーフェスティバルが開催されますが、このような交通規制が敷かれる大きなイベントでは、必ずといっていいほど活躍するのがパイロンたちです。

イベントの直前にまちを訪れると、パイロンが静かに出番を待っている光景に出会えます。ひときわ大きなパイロンに出会えるチャンスも。

 

広島からもう一枚、こちらは広島電鉄の車庫がある江波で、路面電車とのツーショット。

バラエティ豊かな車両が楽しめる広島電鉄の路面電車ですが、基本となるグリーンの帯が、同じくグリーンのパイロンとよく調和していて、お気に入りの一枚です。

広島乗り物めぐり – ヌマジ交通ミュージアム

 

瀬戸内海を渡って、お向かいの四国は愛媛県松山市。こちらではオープン直後の道後温泉別館で、ご当地キャラの「みきゃん」をあしらったオレンジのパイロンに出会えました。

このときの様子は 四国横断まちあるき – ご当地キャラとパイロンの旅 にまとめていますので今回は割愛し、北に向かいましょう。

鳥取県、境港市にやってきました。この街出身の漫画家・水木しげるさんにちなんで、境港駅前は妖怪のブロンズ像が800mにわたって続く「水木しげるロード」として整備されています。

ねずみ男パイロンに、ぬりかべパイロン。道行く人々はとなりのブロンズ像に夢中でシャッターを切るばかりで、まるでパイロンは目に入っていないかのよう。

観光案内所で販売されているガイドブックにも掲載されていない、まさに妖怪のように見えない存在です。

鳥取といえば砂丘でも有名ですが、地質のせいか、砂丘以外の海岸でも砂に埋まりかけたパイロンに出会えました。

まだ訪れたことはないのですが、鳥取砂丘パイロンの情報もお待ちしています。

おとなり島根県出雲市は出雲神話で知られます。

高天原から現れたタケミカヅチが国譲りを迫ったという伝承のある稲佐の浜では、二千年の時を超えて、パイロンが地の平和を祈っています。

よく見られるコーンバーではなく、しめ縄のように足元で四方のパイロンを縛る光景は、神々しさを感じずにはいられません。

 

最後は京都です。景観に配慮した街ならではの竹かごパイロンは、もはや京名物のひとつに数えてもよいでしょう。

「迷惑駐車お断り」の案内もはんなりと、まさにぶぶ漬け文化の極みです。

まだ見ぬ各地のパイロンを探しに、また旅に出たくなります。

 

個人研究が人生を楽しくする – ジャイロモノレール

長い人生の中で、自分だけの楽しみ、生きがいのようなものを見つけられたら、どれほど幸せなことでしょう。

それは自分の仕事の中に—いわば〈天職〉として—見つかるのかもしれないし、まったく違う場所で、趣味の世界に見つかるかもしれません。

そんな、自分だけの楽しみの価値を教えてくれるのが、作家にして工学博士である森博嗣さんの「ジャイロモノレール」です。

ジャイロモノレールとは、一本のレールの上を走る鉄道のこと。

普通のモノレールとは違って、ジャイロという仕組みを用いることで、支えなしでバランスをとって自走することができます。

20世紀の初頭に、未来の高速鉄道として技術開発がなされたものの、時代の変化によって日の目を見ることがなく、今では失われた技術となってしまったそうです。

そんな幻の技術を、森博嗣さんが復元に成功、自宅の庭に敷いた庭園鉄道で実際の模型を走らせるところまで達したというのが、本書の前半部分です。

ジャイロモノレールの説明や動画自体は、著者のホームページやYouTubeで無料公開されています。

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エンジニアリングや工作が好きな人にとっては、これだけでも興味深い内容ですが、本書の終盤では、ジャイロモノレール研究を例にとって、著者の〈趣味〉に対する考え方が語られます。

 

そもそも趣味とは英語の「hobby」の訳語ですが、イギリスでは紳士のたしなみとして、仕事よりも重視されるものだそう。

それがたとえばコレクション(蒐集活動)であったとしたら、それ自体が目的なのではなく、なにか他の目的があり、その手段のために集めているだけなのだといいます。

それは研究のために資料を集めたり、調査することと似ています。

そこで森さんは〈趣味〉ではなく〈個人研究〉と訳すことを提唱しています。

研究とは他の誰もまだ知らないことを、自分だけが追い求めることです。

仕事でなければ、他の誰に価値を認められなくても、自分さえ価値を見出すことができればいいのです。

そうしてみんなが自分の楽しみを追求することで、あるいはそれが他のだれかに波及して、さざ波のように楽しさが広がっていくかもしれません。

 

その意味では、わたしの趣味=個人研究も、まだはじまったばかり。

フォントとか、パイロンとか、いろんな先人の方に刺激を受けて蒐集をはじめたことはとても幸せなことで、でもそれは、やっと研究の種がみつかっただけの段階にすぎません。

ほんとうに自分だけの、新しい視点に立った研究はこれから。

その先に、もっと楽しいことが待っているのです。

 

 

自分視点の旅のすすめ – できるだけがんばらないひとりたび

旅行が好きです。

それも、もっぱら、ひとり旅。

何ヶ月も前から行きたいところを決めて、綿密に計画を立ててする旅行が大好き。

思い立って、ふらっとなじみの土地に行って、まだ行ったことのない場所を探索するのも大好き。

そう言うと、行動的とか、アクティブなどと思われることもあるのですが、わたしの中では、そこまで特別なことをしているという感覚はありませんでした。

このブログ「凪の渡し場」では「日常に新たな視点を」というコンセプトで、さまざまなまちあるきの記事を書いてきましたが、「旅に出ること」そのものが、わたしにとっては日常の延長線上にあるのかもしれません。

自分だけの物語を見つける – ぼくらが旅に出る理由

一歩を踏み出す勇気が出ないなら、半歩踏み出してみる

 

そんな、ひとり旅に対する新しい視点を提供してくれるのが、こちらの本。

同名のブログ「できるだけがんばらないひとりたび」をもとに、あまり旅に慣れていない人、心配性な人に向けてのコツや心得をまとめた本です。

わたしも心配性なことにかけては人後に落ちない自信があるので、そういった面でも実用的な学びにあふれています。

たとえば、わたしはよく、荷物が多い、カバンが大きいと言われることがあります。

「旅慣れた人は荷物が少ない」という定説にあこがれたこともありますが、やはり旅となると心配になり、あれもこれもと詰め込んでしまうもの。

けれど、心配な人はそれで良いのです。

現地で服を洗濯したり調達するのに不安があるなら、日数分持っていけば良い。

お土産だったり、本をたくさん買ってしまうのなら、その余裕をもったカバンを選べば良い。

ただし、大きいカバンを持ち運ぶのは体力を消耗するので、さっさとホテルやコインロッカーに預けるに限ります。それに向いたカバン選びこそが大事。そんな結論になります。

シンプルで大容量な旅行用リュックなら「2wayダッフルバッグ」と検索すると捗ります – できるだけがんばらないひとりたび

THE NORTH FACE の「Glam Duffel」が便利で、シンプルな旅行用リュックを探していた私は「そうそう、これでいいんだよ!」と思ったのですが、「2wayダッフルバッグ」で検索してみると同じようなのが出てきて、どれも便利そうでした。 「なんでこれを選んだの?」という話と、他にもよさそうなやつをまとめておきます。 ノースフェイスで見つけた、バカみたいに軽くて容量の大きい …

 

さて、とはいえ、本書に書かれているのは実用的な情報ばかりではありません。

むしろ、具体的な情報ならブログのほうが詳しいでしょう。

それでもわたしが本を読んで感銘したのは、旅に対しての「視点」が鮮明に打ち出されていることにあります。

実は著者の田村さんは、日本や世界のエスカレーターをめぐることを趣味としており、「東京エスカレーター」というサイトを主宰されています。

かっこいい・珍しい・おもしろい世界のエスカレーターまとめ | 東京エスカレーター

「東京エスカレーター」は、たぶん日本で唯一くらいのエスカレーター専門サイトです。首都東京から、世界の素敵なエスカレーター情報をお届けします。管理人は田村美葉(たむらみは)です。

 

本の後半は田村さんの旅の記録が収録されているのですが、ロンドン旅で突然エスカレーター写真が出てきたりと、本の表紙からはちょっと想像つかない、素敵にマニアックな世界が展開されています。

見開き特集されている「スパイラルエスカレーター」は螺旋階段のような外観が特徴的ですが、田村さん自身も認める通り、これを目的に旅をするのは自分だけではないかという「自分視点」のひとり旅。

それでいいし、それがいいのです。

 

旅で大切なことは、自分の視点で世界を見るということ。

それは一般的な名所やモデルコースを否定するものではなく、むしろそうした「多くの人が共感する視点」を取り込みながら、何故か自分だけが惹かれてしまう視点を少しずつ養っていく、それがひとり旅の大きな楽しみです。

ひとり旅なら、エスカレーターの写真を黙々と撮っていても同行者から不審に思われることもないでしょう。

ひとり旅なら、誰にも構わずパイロンを撮り続けることができるのです(パイロンも、125ページに何の解説もなく言及されていて、感慨深いものがあります)。

 

そんな自由さ、自分視点で、旅を楽しんでみること。

そうしてあるいは、そんな楽しみを発信することで、その視点が誰かの共感を呼ぶとしたら。

それもまた素敵なことでしょう。