文章表現には、その著者だけの視点があらわされています。
だから「表現」の文字も「著」の文字も、「あらわす」と読むことができる。
今回は、わたしが読者として偏愛し、また書き手としても憧れを抱いている作家の一人、北村薫さんによる文章表現の本をご紹介します。
北村さんは高校の国語教師をするかたわら、日常の謎を描いたミステリ「空飛ぶ馬」で作家としてデビューしました。
当時は、プロファイルを明かさない覆面作家としてデビューしたため、作中の語り手と同じ女子大生だと思っていた読者もいたとか。
のちに、経歴と性別(念のため、男性です)を明らかにして、小説だけでなく評論やアンソロジーの編集などで活躍されています。
この本は、北村さんが母校の早稲田大学で受け持った表現の授業をもとにつくられたもの。
昔の小説を題材にした講義や、現代の作家・編集者を招いてのインタビュー、それを学生たちがコラムの形にしていくワークショップなど。
思わず自分も学生として参加したくなるような「北村薫の授業」が、ここにあります。
さらに、本の中盤では、北村さんが当時NHKの番組「課外授業 ようこそ先輩」に出演されたときのエピソードも収められています。
この番組は、出演者が卒業した小学校を訪れ、後輩の児童に特別授業を行うというもの。
大学生と小学生という受け手の違いから、授業の表現方法は変わっても、北村さんらしい視点がここにもあらわれます。
北村さんが授業を通して伝えたかったというのは「はてな、と思うことの大切さ」。
こどもたちがまちなかで「はてな」と思うことを探し出し、それを自分の物語にしていきます。
日常の謎、それは路上観察学やトマソンにもつながる視点。
普通ならそのまま通り過ぎてしまう日常を「謎」という視点で読み直すと、また違った物語が見えてきます。
人の視点の数だけ、ものがたりが生まれる。
そのものがたりにあらわれる「わたし」の姿、「あなた」の姿。
文章表現を大切にするということは、それを大切にするということでもあります。