日本のまちにあふれるスペシャルな文字 – まちの文字図鑑 ヨキカナカタカナ

人生を変える本があります。

まちなかの看板に描かれた文字を鑑賞する「タイポさんぽ」。

そして、さらにその文字を、ひらがな一文字ずつに分解することで、五十音の図鑑をつくる「よきかなひらがな」。

この二冊(「タイポさんぽ」は旧版と改版があるので正確には三冊)とであったことで、わたしのまちあるきの楽しみ方は、それまでとまったく違ったものになりました。

「よきかなひらがな」の作者・松村大輔さんと、雑誌「八画文化会館」の編集者おふたりによる京の夜のイベント「よきかな商店街」は、いまでも忘れられません。

あれから一年半、いよいよ待望の続編が刊行となりました。

日本語において、カタカナは主に外来語を表すための文字とされますが、商店や施設の名前としてもよく使われるため、実はひらがなよりもまちなかでお目にかかる機会は多いです。

では問題です。これは何の文字でしょうか?

 

 

正解はこちら。「スサノオ」の「オ」でした。

看板なら読めるのに、一文字だと謎の模様に見えてくるのも不思議なものです。

 

本書ではこのように、その店だけのオリジナルでスペシャルなカタカナの数々を一文字ずつ堪能できます。

(なお、上記の例はこの本に出てくるものではありません)

 

ひとつのカタカナがさまざまにデザインされ、一堂に会する見開きページを眺めているだけで、溜息が出てしまいます。

一文字ずつ抜き出すことで、「パ」の半濁音が斜めの線に突き刺さっている「串刺しパ」の世界など、不思議な類似点にも気づくことができます。

残念ながら、こちらは実物にお目にかかったことはないので、よきかな商店街イベント中の写真を拝借いたします。

 

こうやって本に収められなければ、互いの存在を知ることもなく、ひっそりとこの世界の片隅に生まれ、やがて消えていったであろう文字たちのことを思うと、恋にも似たときめきを感じざるを得ません。

 

そう、まちの文字図鑑は、本を読んで終わりではなく、実際にまちへ出かけて、まだ見ぬカタカナを味わうことで、はじめて真価を発揮するのです。

文字をめぐるたびに、終わりはありません。

 

温泉旅館と文字の共演 – 部屋本 坊っちやん

2018年最初の更新となります。今年もよろしくお願いします。

最近はブログ「凪の渡し場」以外の活動も増えて更新頻度が下がっていますが、引き続きフォントやまちあるきなどを通して、日常を新たな視点で楽しめるきっかけづくりをしていきたいと思います。

 

さて、今回は昨年に訪れた四国松山は道後温泉の話題です。

 

日本最古の温泉地ともいわれる道後温泉では、並みいる温泉旅館や街並みの中にアートを取り入れた、道後オンセナートというイベントが行われています。

道後オンセナート2018

道後オンセナート2018

 

今回はそのひとつ、祖父江慎さんと道後舘の「部屋本 坊っちやん」をご紹介します。

祖父江慎さんといえば、誰も見たことも無いような驚きの造本、装丁を行うブックデザイナーとして知られています。

そんな祖父江さんが、黒川紀章設計の温泉旅館・道後舘の一室をまるごと本に見立て、松山・道後温泉を舞台にした夏目漱石の小説「坊っちゃん」を組む…。

こんな耳にしただけで心躍る組み合わせ、ぜひこの目で見にいかなくてはなりません。

道後舘へは市内電車の終点・道後温泉駅から、道後温泉本館を通り過ぎ、さらに北へ向かいます。

三沢厚彦さんのクマに見守られ、やや急な坂を上ります。

向かいが工事中で願望がよくないですが、建物が見えてきました。

部屋本「坊っちやん」の見学時間は11時から最終受付14時まで。泊まる必要はなく、フロントで申し込み、見学料金1,500円を支払います。

 

時間になると、係の方に部屋まで案内いただけました。

のれんをくぐり、部屋に入ります。

 

そこは、文字通り本の世界でした。

 

地の文は明治期の書体をイメージしたと思われる、築地体前期五号仮名。

登場人物のセリフには筑紫A丸ゴシック

さまざまなフォントを使いわけることで、文字だけで作品に表情が生まれます。

極太の数字や、たまに登場する手描き風フォントも気になります。

そんな文字を通して見る、道後温泉の街並みに見とれます。

 

バッタを床の中に飼っとく奴がどこの国にある。ここにありました。

このように、文字だけでなく作品にちなんだ仕掛けも随所にあります。

こちらは笹の葉に水飴を挟みこんだ清の笹飴。噛むと歯にひっついてしまうため、噛まずになめるよう注意書きがありました。

 

20分ほどの見学時間はあっという間に過ぎ、名残惜しくも部屋をあとにします。

 

見学のあとは、一階にある喫茶室で、ご当地名物・坊っちゃん団子と珈琲をごちそうになります。

喫茶室内では、祖父江慎さんのデザインされた本も閲覧できます。

右の非売品『坊っちやん』道後舘新聞バージョンは見学のお土産です。

 

明治の文学が、最先端の文字組みで、その舞台となった温泉地の一角にあらわれる。

部屋本「坊っちやん」は2019年(平成31年)2月28日までの公開が予定されています。

ほかにも、道後にしかない、道後ならではの作品が見られる道後オンセナート、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょう。

 

 

文学とめぐりあう文字のものがたり – 文字と楽園

ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」という作品があります。

児童文学の名作として名高いこの本は、全26章それぞれの扉絵にAからZまでのアルファベットが描かれています。
本のなかの世界「ファンタージエン」で起きることは、すべてAからZまでの文字でものがたることができます。

もちろん、岩波書店から出版されている日本語版の本文では、アルファベット以外の漢字・ひらがな・カタカナが使われているのですが、そのフォント(書体)こそが精興社書体とよばれる、とくべつな存在だったのです。

 

精興社書体は、戦前から岩波書店の出版物を多く手がけてきた印刷会社、精興社オリジナルの活字がもとになっています。

伝統的な明朝体の中にあって、平べったく独特の流れをもった「かな」のデザイン。

そんな文字に魅せられ、精興社書体で組まれた本を追い続けていった人がいます。

正木さんによると、戦後あたらしく作りなおされた精興社書体がはじめて使われたのは1956年(昭和31年)、夏目漱石の全集「吾輩は猫である」であったそうです。

そして同じ年、三島由紀夫の「金閣寺」にも使われたことで、作中に現れた美しい金閣寺の姿を、読み手は精興社書体の文字の向こうに見ることになるのです。

それから三十年後、この書体は現代を代表する作家・村上春樹の「ノルウェイの森」に使われたり。

はたまた、ブックデザインなども手がけるクラフト・エヴィング商會のお一人、吉田篤弘さんの「つむじ風食堂の夜」に使われたり。

クラフト・エヴィング商會の名前は、大正から昭和に活躍した作家・稲垣足穂に由来するそうですが、その稲垣足穂の装丁を他ならぬクラフト・エヴィング商會が手がけたとき、選ばれたのも精興社書体だといいます。

作家や出版社、多くの人に愛され、名だたる文学作品とめぐりあいを重ねてきた文字。

 

同じ文字でも、異なる作者の手によって、まったく異なる世界が紡ぎだされます。

けれど逆に、文字を縦糸にして見ることで、さまざまな本と本がつながり、あたらしいものがたりが姿をあらわします。

電子書籍アプリに息づく、明朝体フォントの歴史

日本の明朝体を読みなおす – 月刊MdN 2017年10月号特集:絶対フォント感を身につける。[明朝体編]では、歴史をひもとくことで、明朝体フォントを見分けるコツを紹介していました。

 

漢字のふるさとでもある中国で発明された活版印刷は、西欧に渡り発展を遂げたのち、19世紀の中国に再輸入されます。

その技術が幕末〜明治時代の長崎に伝承され、日本において金属活字がつくられはじめます。

そこから、近代日本の明朝体の歴史がはじまったのでした。

 

当時設立された活版印刷の会社から、今につながるふたつの明朝体の流れが生まれます。

ひとつは、東京築地活版製造所の「築地体」。

もうひとつは、活版印刷所秀英舎の「秀英体」。

 

秀英体を生んだ秀英舎は、ちょうどこの記事を公開したきょう、10月9日が創立記念日だそうです。

明治9年(1876年)の創立から141年、現社名・大日本印刷株式会社(DNP)といえば、本の奥付などで目にする機会も多いのではないでしょうか。秀英体も、多くの書籍に使われ続けています。

沿革 | DNP 大日本印刷株式会社

1876―1944|当社の前身、秀英舎は、明治維新後まもない1876年(明治9年)、東京・銀座の地に誕生しました。「活版印刷を通じて人々の知識や文化の向上に貢献したい」。創業の原動力になったのは、発起人たちのそんな熱い思いでした。秀英舎にとって初めての大仕事は、大ベストセラーとなった『改正西国立志編』(原題『Self-Help』、スマイルズ著)の印刷。若者たちに勇気を与えたこの本は、日本初の…

現在は丸善やジュンク堂書店を経営する丸善CHIホールディングスの関連会社でもあり、電子書籍サービス honto にも出資しています。

ということは…?

そう、honto電子書籍リーダーアプリでは、秀英体(秀英明朝)で本を読むことができるのです。

(2017/10/09現在、iPhone/iPad バージョン 6.25.1 時点の情報。他のOSやバージョンによって異なる可能性があります。以下同じ)

スクリーンショットは夢野久作「ドグラ・マグラ」(青空文庫版)で撮りました。全角ダーシが途切れているのが少し残念ですね。

ちなみに、他の明朝体としてモリサワのリュウミンも選択できます。

「こうした」や「い」などのひらがなに注目すると、秀英明朝では筆がつながっているのがわかります。

明治期の小説を読むときは、より時代の雰囲気が感じられそうです。

 

さて、では築地体の話にうつりましょう。

築地体は、筆文字の印象が強い「前期」と、より骨格が整えられた「後期」にわかれます。

いまも使われる明朝体の多くは後期築地体から発展したものといわれています。

その中で、とくに明治・大正時代の金属活字の復刻をめざしたのが「游明朝体五号かな」や「游築初号かな」などの游書体シリーズです。

通常の游明朝体は紀伊國屋書店がリリースしている電子書籍リーダーKinoppyで使うことができます。

(iPhone/iPad バージョン 3.2.7 時点)

 

また、築地体をベースにしながら、大胆かつ新鮮なデザインを生み出しているのが筑紫Aオールド明朝などの筑紫シリーズ。

筑紫明朝は、三省堂書店と提携しているBookLive! や、楽天ブックスが運営する楽天Koboで使えます。

こちらは楽天Koboのスクリーンショットです。(iPhone/iPad バージョン 8.7.1)

ひらがなが漢字よりひとまわり小さめで、なんとなくやわらかい印象を受けますね。

 

ちなみにKindle などの専用端末は持っていないので不明ですが、iPad のKindleアプリはOS標準(ヒラギノ明朝)でしか読むことができませんでした。

 

電子で本を読む時代になっても、フォントには、たしかに活字の時代からの歴史が息づいています。

今後、ますます電子本が普及していくとしたら、そこに搭載されるフォントの選択肢もまた広がっていってほしいと願います。

 






日本の明朝体を読みなおす – 月刊MdN 2017年10月号特集:絶対フォント感を身につける。[明朝体編]

すっかり季節も秋めいてきました。

昨年(2016年)の記事 読書の秋、フォントの秋。文字を特集した雑誌を読みくらべ で紹介した雑誌「月刊MdN」では、今年もフォントの特集が組まれています。

 

今回は「絶対フォント感を身につける。[明朝体編]」。

日本語フォントの中でも基本と言える明朝体だけに、骨格が似通っていて、なかなか見分けることはむずかしい。

けれど、今でも毎年、いくつもの明朝体フォントがこの世の中に生み出されています。

ということは、それぞれにコンセプトがあり、それを主張できるだけの、ほかのフォントにはない違いがあるということです。

 

本書では、明朝体を歴史的な観点から「レトロ系」「ベーシック系」「アップデート系」の三つにざっくりと分類した上で、それぞれのフォントの特徴と見分け方を解説していきます。

レトロ系とは、かつての金属活字の時代に使われていたフォント、あるいはその影響を強く受けたフォントとしています。

その二大巨頭が築地体秀英体。

活字で組まれた古い本をめくれば、今からすると文字組も小さくでちょっと読みにくい、けれどやっぱり、その時代ならではの味わいがあります。

 

アップデート系は逆に、現在主流の、横書きやディスプレイ上でも見やすいように新しくデザインされたフォントたち。

MacやiPhone、iPadなどアップル製品に標準搭載されているヒラギノ明朝体をはじめとして、今も多くのフォントが生まれています。

 

この中間にあるのが、ベーシック系。モリサワのリュウミンなど、安定感のあるオーソドックスな明朝体です。今回の記事も本文にリュウミンを使用しています。

筑紫明朝もベーシック系に入れられていますが、そのバリエーションである筑紫Aオールド明朝や最近リリースされた筑紫Q明朝などはレトロ系に分類されています。

わたしの場合、筑紫シリーズを目にしたら、レトロ系とかベーシック系とか考える前に一瞬で絶対フォント感が発動するくらい、大好きなフォントです。

ぜひ、この本で、あなたもお気に入りの明朝体を見つけてみてください。

 

たとえば秋の観光シーズン。

まちなかや旅行先で修学旅行生たちとすれ違ったとしましょう。

彼ら、彼女らはみんな同じ制服を着ていて、大人の目からは見分けがつきません。

けれど、その子たち自身は、何ヶ月も、何年も同じ時間を共有していて、お互いの個性もわかっている。

仲良しの関係もいたり、ひっそりと想いを寄せる相手もいたり。

 

フォントも同じことです。

みんなちがって、みんないい。

 

この世に同じ人間がいないように、同じ明朝体はひとつとしてないのです。