よみがえれ。 – ライフピボットと今を生き抜く力

世の中はますます変化が激しく、先を見通すことが難しくなっています。

なんとなく将来の生き方・働き方に不安を感じる中、出逢ったのが「ライフピボット」という本です。

著者の黒田悠介さんはマーケティング会社に就職したのち、経験を活かして転職・独立、現在は議論メシというコミュニティを運営したり企業の支援を行うディスカッションパートナーとして活躍されています。

本書のタイトルにある〈ピボット〉とは、バスケットボールで、ボールを持ったまま一方の足を軸足に、もう一方の足を動かすプレイを意味します。

人生をハニカム構造の六角形のマスからなる盤面として、経験の蓄積と偶然を軸足にキャリアを転換(=隣のマスにピボット)していく、それがライフピボットという概念です。

転職や転身と聞くと変化が大きすぎて足がすくみそうでも、片足を地につけたままなら、以前にこのブログ〈凪の渡し場〉でも提案した「半歩踏み出す」と同じように不安も半減しそうです。

本の中では、過去の経験がキャリアにつながる例として、スティーブ・ジョブズのスピーチ「Connet The Dots」というエピソードも紹介されています。

Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address

ジョブズが学生時代にカリグラフィ(西洋のいわゆる書道)の授業を受けたことが、のちに自らが手がけたマッキントッシュに多くのフォントを搭載することにつながった、というのは個人的にも好きなエピソードです。
彼の経験がなければ、今のようにパソコンやスマートフォンで自由にフォントを選べる時代はやってこなかったかもしれないのです。

あとから振り返れば、そのときは思いもしなかった経験が点と点でつながる。

ここで、わたしがつなげたいもうひとつの点が、声優・林原めぐみさんによる、自身が演じたキャラクターについて語った本です。

「らんま1/2」の早乙女乱馬(女)。
「ポケットモンスター」のムサシ。
「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイ。
「シャーマンキング」の恐山アンナ…。

1980年代以降を少年少女として過ごした人なら、どこかで聞き覚えのあるキャラクターたちを、まさに全身全霊で演じてこられた林原めぐみさんの言葉は懐かしく、そして感動を新たにします。

キャラクターが、それぞれの作品の中で生きる〈点〉だとしたら、その役を演じた経験が次のキャリアに活きたり、制作者・共演者どうしの縁で新しい仕事につながっていくのはまさに「Connet The Dot」であり、ライフピボットと言えます。

あるいは、一度終わった(ピリオドを打たれた)作品が、ときを超えて続編が作られたり、リメイクされてよみがえる。
それもまた望外の嬉しい「Connet The Dot」でしょう。

 

過去や思い出は良いことばかりではなく、忘れたいこともあるけれど、どんな点も経験の蓄積として何かにつながっている。

正直に言うと最近はSNSを見る気力も起きず、アウトプットも停滞気味だったのですが、「ライフピボット」を読んでもう一度、軸足を見直してみようと思いました。

過去を恐れず、未来を恐れず、広大な人生を渡り歩いていきましょう。

他人の気持ちを察しすぎてしまうときの、「受けとめて棚にあげる」考え方

このブログ「凪の渡し場」では、内向型、HSPといった人に特徴的な考え方、生き方について取り上げてきました。

ささいな変化に敏感だからこそ、いろいろなことに気づき、深く考えることができます。

けれど、その特質によって、他人とのかかわりで苦労することもあります。

攻撃的な物言いや相手のネガティブな感情を察しすぎて気が滅入ってしまったり、どう対処すればいいかわからなくなったり。

また結果として、相手の気持ちを察して行動したつもりでも理解されずに、報われない思いにとらわれることもあります。

 

細川貂々さんの「生きづらいでしたか?」という本では、生きづらさを感じていたご本人の体験と、そのような人々を支援する〈当事者研究〉という活動が紹介されています。

本を読んで印象的だったのは、貂々さんが自身のネガティブを「大事にしてくださいね」と言われるところです。

誰もがそれぞれの生きづらさをかかえていて、そのネガティブをいったん受けとめることも必要なのです。

それも含めて、自分なのだから。

 

けれど、自分だけでなく、他人のネガティブな感情まで引き受けてしまうことには注意が必要です。

根本裕幸さんの「人のために頑張りすぎて疲れたときに読む本」では、あえて「わたしとあの人は違うから」という言葉を使ってみることを薦めています。

「わたしはわたし、○○さんは○○さん」

そう口癖のように唱えることで、ついつい察しすぎてしまう相手の気持ちと自分の気持ちを分離して、棚上げすることができます。

 

棚上げというのは、けっして悪い意味のことばではありません。

列車や飛行機の中で、大勢の人がいる中、たくさんの荷物をかかえていては、自分の行動もにぶくなってしまうし、まわりの人に迷惑をかけることにもなります。

大事なもの以外は棚にあげることが、自分のためにも、相手のためにもなると考えましょう。

 

気持ちをいったんうけとめて、棚にあげる。

 

そうすることで、心も軽くなり、余裕が生まれます。

 

 

良いアイデアを生む「つながり」を科学する – ソーシャル物理学

社会物理学という言葉があります。

SNSや現実の世界など、ひとびとのつながりが生み出す社会の中で、良い〈アイデア〉や情報がどのように流れていくのか、そしてそれが人間の行動にどう影響するかを、数学的に解析する学問だそうです。

いままでの、いわゆる〈社会科学〉と違って、スマートフォンの普及によって大量かつ正確なデジタルデータが集められる時代だからこそ、このようなアプローチが可能になりました。

この本では、そのような社会物理学によって社会をどのように変えていけるのか、といったことまで書かれています。

まちづくりや都市交通システムにうまく応用できれば、渋滞を回避したり、インフルエンザなどの集団感染を抑えたりと、いままでにない住みやすい社会が実現できるような気がしてきます。

 

とはいえ、そんな壮大な話だけでなく、わたしたちひとりひとりがSNSをどううまく活用していくか、といったヒントになる考え方も示されています。

たとえば、良い情報、新しいアイデアを見つけるには、次のみっつが重要とされています。

  • 社会的学習がきわめて重要
  • 多様性が重要
  • 他人と反対の行動を取る人物が重要

なにもかもひとりで学ぼうとするのではなく、既に成功した人を真似する、社会的学習は非常に効率抑制かを上げることができます。

けれど逆に、みんなが同じ方向に進んでいるときは、集団に引きずられて誤った判断をしてしまう危険性もあります。

だから、あえてみんなと違うこと、常識に反する行動を尊重することが大事です。

 

「みんな同じ」ことに息苦しさを感じているなら、少し距離を置いてみる。

あるいは、まったく違う習慣を持つ複数のグループに身を置いてみる。

 

著者が〈つながりすぎた世界〉と呼ぶ現代を、うまく生きていくコツが、ここにはあります。

 

 

もちものから考える、やりたいことの実現

2019年も一週間が過ぎました。

年のはじめに目標を立てたり、やりたいことリストを作った人は、どのくらい実現できているでしょうか。

 

夢や目標を実現するためには、自分の〈もちもの〉を点検してみることが役に立ちます。

物理的に所有しているもの、たとえばパソコンやスマートフォン、自家用車などがあるかないかによっても、やれることは変わってきます。

それに加えて、資格や免許、機械を使いこなすスキルといった〈もの〉も、大きな要素になります。

 

大きな夢から逆算して、まずは何か「ものを手に入れる」という目標を立てるのも良いでしょう。

反対に、今年は「この資格を取る!」と先に決めてしまう方法もあります。

その資格を取ったあとで、ひろがった可能性の中から、ゆっくりとやりたいことを見つけてもいいのです。

 

そのいっぽうで、もちものが多ければなんでもできるかというと、必ずしもそうではありません。

せっかく高い買い物をしたのだから、使わないともったいない気がして、無理にでも使おうとしてしまう。

経済学ではサンクコストとして知られる概念ですが、既にかかった費用はもう戻ってくることはありません。

それをなんとか回収しようとすることで、かえってやれることの可能性を狭めてしまうこともあります。

それくらいなら、最初から使おうとしない、〈もちもの〉を増やしすぎないという手も考えられます。

 

どちらにしたって、人間が一生の中で手に入れられる〈もの〉は有限です。

そして、一年という区切りも365日、あるいは366日、けっしてそれ以上増えることはありません。

可能性は無限とはいいません。

けれど、ゼロにもならないのです。

 

大切なまいにちと。

大切なもちもの。

そして、やりたいことをやろうとする熱意さえ、ゼロでないかぎり。

掛け算すれば、大きな結果が得られます。

 

感情をベースにする、自分視点のふりかえり

早いもので、今年(2018年)もあとわずかです。

年始に立てた目標や、やりたいことリスト(ウィッシュリスト)を見直して、どれくらい達成できたかふりかえる人も多いでしょう。

ちなみにわたしは、2018年の100個のやりたいことリストのうち、残念ながら1/4程度しか実現できませんでした。

けれど、目標というのは時として、「どれだけ実現できたか」よりも、実現したことで「どれだけ嬉しかったか」のほうが大切なことがあります。

文字通り、達成度よりも達成感です。

 

リストを見返すことで、ひとつひとつ達成したときの楽しかった気持ち、あるいは実現できず悔しかった想いがよみがえってきます。

その過程もまた、次のやりたいことを実現するための足がかりになります。

(やりたいことリストを作ったことがない人は、ぜひ来年は作ってみることをおすすめします)

 

さて、ここでもうひとつ、気をつけたいことがあります。

それは、自分では達成できた、楽しかったと思っていても、別の人から見たら違うかもしれないことです。

 

たとえば自分では読んで面白かったと思った本、観て面白かったと思う映画でも、他人の「つまらなかった」という感想を耳にすると、それに引きずられてしまうように。

たとえばイベントに参加していても、まわりに退屈そうにしている人がいると気になって楽しめなくなってしまうように。

 

もちろん客観的な視点を得るのは大事なことで、仕事や学校など、社会的にはそれが評価基準になることも多々あります。

 

けれど、自分の立てた目標のふりかえりをするときには、自分視点を大切にしてほしいのです。

 

自分の人生が楽しかったかそうでないか、本当に評価できるのは自分しかいないから。

誰にとっても生の時間は有限で、他人の人生を生きる暇はありません。

 

今年も「凪の渡し場」にお越しいただきありがとうございます。

まだ年内に二、三回更新するのを目標とはしていますが(笑)、少し早めのご挨拶です。

よいお年を。