世界をふかめる、世界をひろげる – 千葉雅也「勉強の哲学」

この現代において、効率的な勉強法や、勉強によって得られるメリットを解説した本はたくさんあります。

けれども、そもそも「勉強」とはなんなのか、メリット・デメリットを含め、どのような変化を自分にもたらすのかをつきつめて考えることはそうありません。

そんな根源的な問いに挑んだのが、今回紹介するこちらの本です。

 

哲学を専門とする著者による、タイトル通り文字通り「勉強の哲学」を目指した本。

本編は原理編と実践編に分かれ、まず「勉強」の目的からつきつめて考えた上で、著者なりの「勉強の方法」を解説するという入れ子のような構造になっています。

 

一部は哲学の用語を使っていながら、それはすべての勉強、学問に通じるところがあります。

学術的な専門分野がどんどん細分化されていくように、勉強はつきつめればどこまでも深くなり、一生かけても、あるいは数世代かけてもきりがない。

専門家ではないわたしたちは、それをどこかで中断する必要があります。

中断して、いったん仮に固定するのだけれど、勉強は継続しなければならない。

近い分野の本、あるいはまったく別の分野の本を読みしながら、勉強したことの比較検討を続ける。

 

それはたとえば、科学的思考法に近いと感じます。

実験を繰り返して、たしからしいと思われたことを「仮説」としていったん固定しつつ、新しい実験結果が出ればその仮説はいつでもひっくり返る。

そうやって、常に検証を行い、変化を恐れないことこそがあるべき勉強へのつきあい方なのです。

 

また、そのような勉強の中断のために利用するのが「享楽的こだわり」、つまりは自分の個性。

どんな人であっても、人それぞれの個性、なんだかわからないけれど好きなものがあるでしょう。

 

わけもなく好きなフォントがあったり。

好きな色、好きな匂いというものがあったり。

 

そんなこだわりがどうしてつくられたかを考えるための手法として紹介されているのが、自分の「欲望年表」をつくることです。

自分の人生における出来事と、それに関連する社会的な出来事、さらに何故か印象に残っていることを年表の形で書き出していく。

そこから導き出されるキーワードをつなぐことで、人生のコンセプトを見つけ出すことができるといいます。

 

そんなコンセプトによって勉強は突き動かされ、あるいは逆に、勉強によってそれが変わっていくかもしれない。

そうして、自分の世界はよりひろがっていくことになるのです。

 

※今回の本は名古屋・関西・東京で開催されている猫町倶楽部の読書会、アウトプット勉強会の課題本でした。

関西(大阪)の開催は2017/6/17(土) で、まだ参加者募集中のようなので、興味があれば参加をおすすめします!

【大阪で開催】千葉雅也「勉強の哲学 来たるべきバカのために」 |猫町倶楽部 -猫町倶楽部の読書会-

「猫町倶楽部」とは、名古屋アウトプット勉強会・東京アウトプット勉強会・文学サロン月曜会などを開催する日本最大級の読書会コミュニティです。

 

個性あふれる、欧文書体の世界 – Typography 11

年二回刊、文字をテーマにした雑誌「Typography」。

2017年5月に発売された11号の特集は「欧文書体を使いこなす」でした。

欧文書体は、アメリカ・ヨーロッパをはじめ世界各国で使われる、ラテン文字(アルファベット)を中心としたフォント。

いわゆる漢字文化圏とは成り立ちから異なるため、ひとくちに同じ文字といってもさまざまな違いがあります。

そのひとつが、「プロポーショナル」という考え方です。

日本語フォントは、基本的に一文字ごとに同じ幅と高さをもっています(等幅といいます)。

だから、同じ文字数であればどんな文章でも、幅がきれいに揃います。

 

では、同じことを欧文フォントで行うとどうなるでしょう。

Menlo というのは、プログラミングで使われることを想定して、macOSに搭載されている等幅フォント。

ソースコードなどのプログラムを書く際には、一文字ごとの幅が揃っているほうが都合がいいのですが、文章としてみると読みにくい。

r の間が不自然に空いていたり、LとMの間が詰まっていたりして、むしろ不揃いに見えてしまいます。

 

そこで、欧文フォントでは、アルファベットごとに文字の感覚が違うプロポーショナルフォントが基本になっています。

このように、r や I のように細長い文字は幅を短く、M は逆に幅を長くして、プロポーション良く文章を組むことができます。

さらに、f と i など特定の文字がくっつく「合字(リガチャ)」のように、文字を美しく見せるため、さまざまな工夫が凝らされています。

 

特集の中に、歴史ある欧文フォントメーカー・Monotype社の小林章さんのインタビュー記事があります。

小林さんが新しく開発した欧文書体「Between」と、Monotypeからはじめてリリースされる日本語書体「たづがね角ゴシック」。

どちらのインタビューからも感じられるのは、文字ひとつひとつの個性を大事にしているということ。

Between では、3種類のフォントそれぞれで、文字の形や幅が異なりつつ、リズム感を生み出している。

たづがね角ゴシックは、現代日本の時代背景をふまえて、アルファベット・ひらがな・かたかな・漢字が自由に組み合わさっても読みやすいことを目指している。

しかも、文字の太さ(ウェイト)も10種類用意されているので、ほかのフォントとも組み合わせて使うこともできます。

今回の付録には、それ以外にもさまざまなフォントのマッチング例を紹介する「Fontworks × Monotype 和文・欧文フォント組み合わせガイドブック」があり、こちらもあわせて楽しめます。

 

アルファベットは、日本語よりも文字の数が少ないとはいえ、けっして単純ではありません。

人それぞれに、違う個性があるように。

けれど、チームとして力を合わせ、ひとつの目的に向かっていけるように。

それぞれの文字のもつ個性を組み合わせることで、より幅広い魅力を生み出すことができます。

 

目で味わう、鉄道趣味 – 駅弁掛紙の旅

鉄道による旅行には、さまざまな楽しみ方があります。

その中で、ご当地の名産品を活かした「駅弁」を楽しむというのは、とりわけ旅行に長い時間のかかった昔はポピュラーなものでした。

そんな駅弁を、中身ではなく外側のラベル、掛け紙に注目して楽しむという本を見つけました。

 

とりわけ、日本に鉄道が誕生した明治から大正、昭和初期の掛紙がすばらしい。

駅周辺の名所旧跡をあしらった図案、手描きの文字は、現代のパッケージデザインとはまた違った楽しみがあります。

 

当然ながら、いまはもう駅や駅弁屋自体がなくなってしまい、実物を手にすることは難しいものがほとんど。

けれど、復刻デザインという形で、今に残っているものがあります。

そのひとつが、山陽本線宮島駅(現・宮島口駅)にて100年以上販売されている上野商店の「あなごめし」です。

あなごめし うえの | ホームページ

創業明治34年「駅弁あなごめし うえの」のホームページでございます。あなごめし弁当をつくって百十余年、美味しい穴子をご提供するために努力しております。宮島口に本店、広島三越にはイートインがございます。

世界文化遺産・厳島神社を擁する宮島近海で取れた穴子をふんだんに使った地元料理の「あなごどんぶり」を、初代当主の工夫により駅弁として売り出したのがはじまりだそう。

現在は、過去に使われた12種類の掛紙を復刻し、ランダムに使われているとのこと。

 

ではここで、わたしが宮島を訪れた際の掛紙を紹介…というのが広島偏愛シリーズとしてベストな展開なのですが、残念なことに、写真アルバムをひっくり返してみても、このお店で買ったあなごめしは見つからず。

とはいえ、ほかのお店のあなごめしを見つけたので、そちらをご覧ください。このブログにはめずらしい、食べ物の写真ですよ(笑)。

どのお店もそれぞれの味を楽しめると思いますが、せっかくなので、次に宮島を訪れた際には、復刻掛け紙といっしょに上野商店のあなご飯を味わうのも良いですね。

 

 

タイトルがものを言う – 赤瀬川原平「老人力」

赤瀬川原平さんの生涯最大のベストセラーとなった著作に「老人力」があります。

さて問題は、このタイトルです。

 

老人力とは、路上観察学会で生まれた(発見された)ことば。

物忘れがひどくなったり、ものの名前がとっさに出てこなくなった赤瀬川さんに対して、歳をとったというかわりに「老人力がついてきた」という言われ方をしたのがはじまりだそうです。

つまり、赤瀬川さんらしく、普通はネガティブにとらえられるものに着目して、そのマイナスのパワー、つかみどころのない視点を楽しむのが本来の用法でした。

ところが、時は20世紀末。

この端的なことばをタイトルとして雑誌連載がはじまり、一冊の本として世に出たとたん、老人力というのを「まだまだ若い者には負けない」という、最初からポジティブなイメージで誤解する人が続出。

それもあってか、またたく間に流行語、ベストセラーとなりました。

わたし自身、当時は赤瀬川原平さんの名前も意識していなかったこともあり、タイトルだけで「自分には関係のない本」と判断してしまっていました。

本来の意味を知ったのは、ずっと後のこと。

 

けれど、同じようなことは、いまだって、誰にだってあるでしょう。

 

本屋さんの棚に並んだ本のタイトルだけをちらっと見て、内容を誤解したり。

SNSに流れてきたニュースやブログ記事のタイトルだけで、本文も読まずに善し悪しを判断してしまったり。

 

それは、人が文章を読むとき、その書き手の想いをそのまま受け取るのではなく、実は自分自身の経験、価値観と照らし合わせて読んでしまっているから。

ピエール・バイヤールの「読んでいない本について堂々と語る方法」では、読者それぞれに、もともとの本とは異なる「内なる書物」が生まれると表現されています。

 

つまり、赤瀬川原平の「老人力」という一冊の本を取り巻き、読んだ人、果ては読んでいない人それぞれに、異なる視点の「老人力」という本があることになります。

 

ここまで考えると、もともとの「老人力」という言葉の持っていたつかみどころのなさにつながってくるような気もします。

 

けれど、あるいはそれも、赤瀬川さんの想定した世界かもしれません。

蟹缶を裏表さかさまにして再封し、全宇宙を蟹缶の中に閉じ込めた「宇宙の缶詰」という作品のように。

タイトルだけで語られる本の外側も、裏返せば、本の内容のひとつなのです。

 

表現の力を高める、美術解剖学

絵を描いたり、文章を書いたり、なにかを表現するにあたって、大切なことはなんでしょうか。

それは、自分だけの視点、ものの見方を身につけ、それを人につたえること。

 

今回は、そのヒントになりそうな一冊を紹介します。

 

著者は、東京藝術大学美術学部を卒業したのち、大学院で「美術解剖学」を専攻した方。

美術解剖学というのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ以来の伝統がある、美術を深く学ぶために人体解剖をする学問だといいます。

 

この本は、その経験を活かし、布施さんが出演されたNHKの番組「課外授業ようこそ先輩」で、小学生向けに行った授業をもとにしています。

人体解剖のかわりに、魚を実際に釣り上げ、自分たちの手で解剖する。

死んだ魚をじっくり観察した後、目の前に現れる、泳いでいる魚に宿る生命の力。

そうした経験を通して描いた絵は、授業の前に描かれた絵とは見違えるように豊かな表現力をもった、ひとりひとりの視点の違いが際立つものになっていきます。

 

そして、この手法は絵を描くこと以外にも応用ができそうです。

実は、この本を購入したのは、六本木の21_21 DESIGN SIGHT で行われていた「デザインの解剖展」の会場。

21_21 DESIGN SIGHT – 企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」 – 開催概要

展覧会ポスター 21_21 DESIGN SIGHT では、2016年10月14日より、企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」を開催いたします。 私たちは日々、数え切れないほど多くの製品に囲まれて生活しています。大量に…

この企画展では、魚のような生物ですらなく、明治きのこの山、おいしい牛乳などの食品を解剖していく試みが行われていました。

パッケージのロゴ、フォントに注目してみたり。

原材料の産地、製法に注目してみたり。

 

よく知っていると思っていた製品でも、細かく解剖し、観察することで、いくらでも知らなかったことに気づくことができます。

それも、製品の作り手が生み出した、表現のひとつ。

 

身近なものを解剖していくことが、表現の幅を広げ、表現力を高めることにつながります。