旅と路線図と鳥瞰図 – たのしい路線図

観光や仕事で鉄道の駅を利用するとき、路線図の存在は欠かせません。

目的の駅までの乗り換えや、運賃、付近の観光案内まで。

普通の地図とは似て非なる機能性を持つ「路線図」の世界を味わう本があります。

日本全国、さらには海外の路線図がひたすら紹介され、ただ「いいねぇ」という溜息を漏らすのみです。

とくに首都圏など大都市部では、JRや私鉄・地下鉄など数多くの路線が入り乱れて、どうわかりやすく見せるかの工夫が求められます。

作り手が伝えたい情報と、乗客が知りたい情報、それぞれに応じて何種類もの路線図が使われることもあります。

たとえば先日、東京に行った際、渋谷駅でこのようなインバウンド向け路線図を見かけました。

何気なくツイートしたところ、わたしのアカウントにしては多くのRTがあって驚きました。

山手線より東京メトロや都営地下鉄大江戸線が目立つように描かれているのは、地下鉄の出入口付近だったからでしょう。

その山手線が楕円ではなく、上野や秋葉原のあたりで出っ張っているのはデザイナーの苦心のあらわれのようです。

このエリアは上野動物園のパンダや浅草雷門が描かれ、「Cultural Fusion」(文化の融合)と命名されています。

その他の地域も「Cool Tokyo」や「Night Life」などと色分けされ、なんだか日本地図の形にも見えてきます。

さらに東武スカイツリーラインの先には日光の三猿、京王線の先は高尾山の天狗が描かれるなど、細かいところまで見る人を飽きません。

 

これを見ていて思い出すのが、大正時代に一世を風靡した鳥瞰図絵師の吉田初三郎です。

紙上からはばたく、鳥瞰図の世界

初三郎は若い頃に描いた京阪電車の案内図が、のちの昭和天皇から「これは綺麗でわかりやすい」との評判を得たことで頭角を現します。

初三郎の鳥瞰図も、大観光時代を迎えた当時の日本で、実用品だけでも、美術品だけでもない、その土地を新しい視点で見るものとして受け入れられていったのでしょう。

現代は現代で、駅の案内図や路線図は機能性を重視しながらも、利用する人にわかりやすく、見やすいものを提供するという心は共通するものがあります。

そんな作り手の想いが込められているからこそ、時代や受け手が変わっても、路線図は見る人々の心を躍らせてくれます。

半歩踏み出す、ものがたり旅

このブログ「凪の渡し場」では、日常に新しい視点を取り入れるために、旅に出ることの効用を何度も書いてきました。

自分だけの物語を見つける – ぼくらが旅に出る理由

自分視点の旅のすすめ – できるだけがんばらないひとりたび

また、一歩を踏み出す勇気が出ない人には、〈片足を日常に置いたまま、半歩ずつ踏み出す〉というコツもお伝えしました。

一歩を踏み出す勇気が出ないなら、半歩踏み出してみる

 

それを実現できるのが、日帰りで近隣の府県を訪れる「半日旅」です。

わたしは名古屋在住なのですが、愛知・岐阜・三重のいわゆる東海三県だけでなく、京都・滋賀・奈良・大阪といった関西地方も、その気になれば日帰りで行けてしまうのが便利なところです。

東海道新幹線を使えば大阪まで一時間ですが、在来線や高速バス、そして近鉄特急といった手段でも往復できます。

関西は歴史も古いだけ、さまざまな文化が何層にも重なり合っていて、新しい視点をみつけたり、いつもと違った経験をするのにうってつけです。

たとえば近鉄で大阪難波に着いたら、南海電車で和歌山に足をのばしたり、阪神電車で神戸に行ったり、さらにはそこから阪急電車で京都に行って、京阪電車でまた大阪に帰ってくるといったこともできてしまいます。

わたしはとりたてて鉄道マニアというわけではありませんが、ふしぎと関西の鉄道にはこころ躍るものがあります。

こちらの本では、漫画家・イラストレーターの細川貂々さんが描くイラストが、見事にそのときめきを表現しています。

表紙に描かれた顔をながめているだけで、行く先々に待ち受けているものがたりを予感させます。

 

ときめきといえばこちら。関西を中心に〈いいビル〉の魅力を発信するBMC(ビルマニアカフェ)のメンバーが執筆する、喫茶店という空間に秘められたものがたりを記録する写真集です。

関西に行くたび、こちらで紹介された喫茶店をひとつひとつ訪れるのが密かな楽しみです。

 

こんなふうに、ひとつのテーマに沿って旅をすることは、本を読むことにも似ています。

それは、さながら「ものがたり旅」といえます。

 

はじめて訪れた場所でも、前に行った場所と似た雰囲気を感じたり。

その街やお店の歴史を学ぶことで、思わぬつながりをみつけたり。

そして、次に行きたい旅の目的地が頭に浮かぶことも。

 

ものがたりの世界は、はてしなくひろがっていきます。

個人研究が人生を楽しくする – ジャイロモノレール

長い人生の中で、自分だけの楽しみ、生きがいのようなものを見つけられたら、どれほど幸せなことでしょう。

それは自分の仕事の中に—いわば〈天職〉として—見つかるのかもしれないし、まったく違う場所で、趣味の世界に見つかるかもしれません。

そんな、自分だけの楽しみの価値を教えてくれるのが、作家にして工学博士である森博嗣さんの「ジャイロモノレール」です。

ジャイロモノレールとは、一本のレールの上を走る鉄道のこと。

普通のモノレールとは違って、ジャイロという仕組みを用いることで、支えなしでバランスをとって自走することができます。

20世紀の初頭に、未来の高速鉄道として技術開発がなされたものの、時代の変化によって日の目を見ることがなく、今では失われた技術となってしまったそうです。

そんな幻の技術を、森博嗣さんが復元に成功、自宅の庭に敷いた庭園鉄道で実際の模型を走らせるところまで達したというのが、本書の前半部分です。

ジャイロモノレールの説明や動画自体は、著者のホームページやYouTubeで無料公開されています。

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エンジニアリングや工作が好きな人にとっては、これだけでも興味深い内容ですが、本書の終盤では、ジャイロモノレール研究を例にとって、著者の〈趣味〉に対する考え方が語られます。

 

そもそも趣味とは英語の「hobby」の訳語ですが、イギリスでは紳士のたしなみとして、仕事よりも重視されるものだそう。

それがたとえばコレクション(蒐集活動)であったとしたら、それ自体が目的なのではなく、なにか他の目的があり、その手段のために集めているだけなのだといいます。

それは研究のために資料を集めたり、調査することと似ています。

そこで森さんは〈趣味〉ではなく〈個人研究〉と訳すことを提唱しています。

研究とは他の誰もまだ知らないことを、自分だけが追い求めることです。

仕事でなければ、他の誰に価値を認められなくても、自分さえ価値を見出すことができればいいのです。

そうしてみんなが自分の楽しみを追求することで、あるいはそれが他のだれかに波及して、さざ波のように楽しさが広がっていくかもしれません。

 

その意味では、わたしの趣味=個人研究も、まだはじまったばかり。

フォントとか、パイロンとか、いろんな先人の方に刺激を受けて蒐集をはじめたことはとても幸せなことで、でもそれは、やっと研究の種がみつかっただけの段階にすぎません。

ほんとうに自分だけの、新しい視点に立った研究はこれから。

その先に、もっと楽しいことが待っているのです。

 

 

明治維新が変えた都 – 京都がなぜいちばんなのか

日本には多くの魅力的な街があります。

なかでも、京都という街は、とりわけ多くの日本人、さらには世界の人々の心をとらえています。

 

けれども、歴史を感じるその印象とは裏腹に、この街の風景は、明治以降に大きく様変わりしました。

明治維新と、それに引き続く明治天皇の東京行幸によって、「千年の都」という絶対的な立場が揺らぐことになったのです。

そのときに京の人々は、おそらく必死になって、京都という街の新しいアイデンティティを模索したことでしょう。

 

やがて、千本鳥居の伏見稲荷神社、金箔に彩られた金閣寺など、京都の名勝・古刹は鮮やかな色彩のイメージをまとっていきます。

それがカラー写真の普及した時代にマッチし、フォトジェニックな観光都市としての地位を確固たるものとしていきました。

とくに、東山区、岡崎公園のあたりは京都でも変化が大きな場所のひとつです。

琵琶湖からの水を水道や発電に使う琵琶湖疎水は、明治の一大事業といえるもので、それは京都の人々の暮らしを大きく変えていきます。

漆塗りの大鳥居が印象的な平安神宮も、明治に入ってから建てられたもので、応天門は、平安時代に放火されて失われたものを模して作られました。

この一帯では、明治150年記念である今年(2018年)10月に「岡崎明治酒場」というイベントも行われていました。

 

ロームシアター京都(京都会館)2Fの京都モダンテラスでは、平成の京都に鹿鳴館も出現していました。

 

明治からの歴史を持つ京都市動物園もリニューアルされて、かわいいロゴになっていました(漢字部分のフォントはダイナコムウェアのDF綜藝体)

 

少し南に行けば、こちらも漆塗りの社殿が目を惹く八坂神社があります。

この八坂神社も、明治の神仏分離によって祭神が素戔嗚尊(スサノオノミコト)とされるまでは、祇園精舎の守護神・牛頭天王をまつる祇園社という名前で、仏教色が強い場所でした。

地名の祇園も、祇園祭も、ここから来ているのですね。

祇園のパイロンは、こんなにもフォトジェニック。

 

そして祇園には祇園閣という、ちょっと変わったスポットがあります。

大雲院という寺院の中にある昭和初期の建築で、祇園祭の山鉾に似た建物は別名「銅閣」、本当に金閣・銀閣を意識して建てられたのだそうです。

ふだんは非公開ですが、不定期に「京の夏の旅」で特別公開されます。

第43回 京の夏の旅 文化財特別公開|京都市観光協会

第43回 京の夏の旅 2018年7月~9月/文化財特別公開や定期観光バスコースなど、京の夏ならではの魅力たっぷりのイベントが満載!

今年も公開されたので行ってきましたが、階段の壁いちめんに仏画が描かれていたり、最上階から京の街が見渡せたり、とても印象的な場所です(内部は撮影禁止)。

ほかにも祇園には歴史的な建物をリノベーションした施設やお店がたくさんあります。

 

「いちばん」という言葉は絶対的な優劣を表すものではなく、いわばナンバーワンではなくオンリーワンというべきでしょう。

自分だけの「いちばん」を探しに、京都に行きましょう。

 

好きを発信する、夢をかなえる – 夢の猫本屋ができるまで

好きなことを仕事にする。

夢に描いた暮らしを実現する。

 

そんな言葉に、わたしたちは憧れをいだきます。

 

そんなにうまくはいかない、仕事にすれば辛いこともある、なんて理性的な言葉を口にする人はいるでしょう。

けれども、そうやって傍から意見を言うだけの人よりも、実際に動いて、夢の中心にたどり着いてしまった人のほうを、わたしは尊敬します。

この本は、そんな本です。

以前にネコと一緒に考える – 猫本専門店 Cat’s Meow Booksという記事でも紹介した猫本専門書店のオープン前後の経緯を、ライターの井上理津子さんが取材したものです。

店主となる安村正也さんは、ネコと本、さらにビールが大好きで、それらに囲まれて暮らしたいという夢を持っていたそう。

しかし、現在、ネット書店でもない、新刊書店を日本で新たにオープンすることは非常に困難な状況です。

それでも、安村さんは本屋さんや本に関するイベント・講座に通い、本屋開業を成功させるための柱となる4つの事柄にたどりつきます。

その4つの柱は、こちらのとおり(本文18ページから引用しています)。

  1. 「本×○○」のかけ算にして、その要素はありきたりでないモチーフにすること
  2. 別の職業を持っていることを強みにし、しばらくその職業をやめないこと
  3. メディアの取材記事に取り上げてもらいやすいように、コンセプトを固めること
  4. 広報手段に、名刺、ロゴ、ウェブサイトを持つこと

○○というのは、言うまでもなくネコ。

実際に「Cat’s Meow Books」を訪れるとわかるとおり、新刊も、猫たちが自由に闊歩する古本コーナーも、その棚は猫というテーマで統一されながら、実に奥が深いものになっています。

単にかわいい猫の写真集だけが並んでいるだけではなく、文学、美術、民俗学と、およそ一般的な本屋さんの棚に見られるであろうジャンルのすべてに、するりとネコが入り込んでいることがわかります。

本屋としてもじゅうぶんに素晴らしい。

しかも本物の猫もいて、「水曜日のネコ」をはじめとするビールも飲める。

近くに住んでいたら通い詰めてしまうに違いありません。

戦略としてネット販売はしないそうですが、店のコンセプト保護やフランチャイズ展開も見据えて商標権を取得しているそうですので、いつか名古屋店ができたりしないかと夢想しています(むしろ関わりたい、とさえ思います)。

 

そう、夢は描くだけではなく、実際にどうしたら実現できるか考えることが大切です。

さらには、自分の好きなことを発信することが大切です。

 

安村さんは以前から、ビブリオバトルという、自分が面白いと思った本を持ち寄って紹介するイベントを続けてきたといいます。

自分の好きなことを、どうやってまわりの人にも面白く感じてもらえるか考えながら伝える。

そこから、思わぬ共感の場がひろがって、何かが動き出すかもしれない。

それが「Cat’s Meow Books」を開くまでのみちのりに重なっていくようです。

 

本書には夢の空間を現実化するまでの、そして維持し続ける苦労が描かれつつ、同時に猫的な楽観主義が随所に顔を出して、なんだかとても幸せな気持ちになります。

応援したくなる気持ちとともに、自分の生き方にも力強い後押しを与えてくれた一冊でした。