近江八幡まちあるき(1) – 近江商人、飛び出しぼうや、そしてヴォーリズ建築

滋賀県、近江八幡市。

古くは安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が没した後、豊臣秀次によって開かれた八幡城の城下町として発展を遂げます。

また、ウィリアム・メレル・ヴォーリズによる建築など、複合的な視点での楽しみ方もできるまちです。

そんな近江八幡のまちあるきを、2回に分けてご紹介します。

 

スタート地点はJR東海道線(琵琶湖線)・近江八幡駅。米原駅と京都駅のほぼ中間に位置します。

駅北口の観光案内所では、近隣の資料館やミュージアム、ロープウェイに利用できる「近江八幡おもてなしパスポート」を一冊1500円で販売しています。

簡単な施設紹介や地図も載った小冊子になっているので、おすすめです。

 

施設は駅からバスで5分ほどの「小幡町資料館前」付近に集中しています。

徒歩でも20〜30分ほどなので、天気と体調に相談しながらまちあるきを楽しみましょう。

駅前ではスーパー・平和堂が解体工事を行っていました。おそらくいましか見られない、パイロンと平和堂看板つき街路灯のツーショット。

 

かわいいミニサイズの積みパイロン。

 

小幡交差点の東、新町通りが、歴史的なまちなみを保存・再生した「近江商人の街並み」になっています。

八幡商人の歴史を伝える郷土資料館。奥で歴史民俗資料館につながっています。

その向かいにある旧伴家住宅は、江戸時代としてはめずらしい3階建て。

「見ざる・言わざる・聞かざる」の逆、「見て・聞き・話そう」。もはや猿は関係なくなってしまっていますが、大切なことですね。

3階の大広間には、江戸〜明治時代の商品の広告に使われた「引き札」が展示されていました。

乳牛良純(にゅうぎゅうよしずみ)…ではありません。

ダイナミックな筆遣いのロゴ、絵柄、カラーリング、すべてがすばらしい。

 

このまま北に向かうと、八幡堀を超えて、日牟禮八幡宮、ロープウェイがあるのですが、その前に、西へ向かってみましょう。

いっけん何の変哲もない住宅街も、路上観察の目をもって見れば文化財の宝庫です。

絶妙なバランスの「八幡池田郵便局」のロゴ。

結納の店? ギフトショップ??

 

交差点の四隅に大量に設置された「飛び出し注意」の看板。そう、滋賀県はこの通称「飛び出しぼうや」の発祥の地と言われています。

次回ご紹介する観光地仕様の飛び出しぼうやも探す楽しみがありますが、こういった素朴なデザインもまた素敵です。

飛び出しぼうやのまちは、あとしまつ看板のまちでもありました。とても挙げきれませんが、こちらもやけに種類が多いのです。

「ポチいくよ シャベルとふくろ 手にもって」

立て看板の中に、さらに五七五の立て看板まで描いて、なんという念入りなあとしまつ看板でしょう。

 

江戸時代から、明治・大正・昭和。幾世代もの人々の生活が積み重なって、このまちなみは今ここにある。

 

そして見えてきました。池田町洋風住宅街

まるで建売のモデルハウスのように唐突に登場する、これが建築家・ヴォーリズが1912年に手がけた一連の建物です。

西洋建築でありながら、日本の風土をうまく取り入れた多種多様の作風がヴォーリズの魅力でもあります。

こちらは現在非公開ですが、ほかにも近江八幡には、いまも現役で使われるたくさんのヴォーリズ建築があります。

この続きは後半で…。

 

 

街をゆく人々の足跡を感じる – ストリート・ウォッチング

路上観察の目をもって街へ出れば、あらゆるものが観察の対象として楽しむことができます。

でも、街にあるのはモノだけではありません。

街を行き交う人々にまで目を向けて、まちあるきを楽しめる本が、こちら。

 

たとえば、ぽかぽかした陽気の日。

ふかふかした芝生の上で、ゆるやかな傾斜のついた河原で、ついリラックスして寝転んでしまう人々の姿。

 

あるいは、にぎやかな休日のメインストリート。

路上ライブがはじまり、道行く人が足を止め、いつとはなしに人だかりができる。

 

街と人が相乗効果をもって、刻一刻と変わる風景が生み出されていきます。

 

そんな人によって生み出される街の風景のひとつに、行列があります。

流行のお店や老舗のお店の前にできる、楽しみを待つ行列があるいっぽうで、駅のホームやスーパー・コンビニのレジ前のように、並ばざるをえない行列もあります。

わたしはどちらにせよ行列がとても苦手なのですが、視点を変えて、行列に並ぶ人自体を観察することで、客観的な気持ちになることができます。

同じように時計を見てイライラしている人、スマートフォンなどで時間をつぶす人…。

まだしも、通勤でいつも使う駅やなじみのお店であれば、どこに並べば良いか見当がつくものですが、はじめての場所では、勝手がわからなくて余計にイライラするもの。

そんなときも、地元の人であろう周囲を冷静に観察することで、行列にうまく対処するコツが見つかるかもしれません。

 

そもそも、行列があると並んでしまう、というのも人の心理学的な行動ですね。

まわりの人の動作につられてしまう「同調現象」「同調行動」について、この本でもいくつか触れられていますが、有名なものに路上観察学会の「御所の細道」があります。

京都御所を取り囲む京都御苑の砂利道に、うっすらとできた一本の道。

御苑内を自転車で通る人々が、同じところを通るために自然にできた跡だといいます。

 

路上観察から、やがて人間観察につながる。

まちあるきの楽しみは、さらにひろがります。

 

 

違う視点をもつわたしたちが「わかりあう」ということ

先日、TV番組「マツコの知らない世界」でフォントの世界が取り上げられていました。

何百種類ものフォントを見分けられる絶対フォント感をもつ方をゲストに、本やまちなかで使われるさまざまなフォントを紹介していきます。

 

このように、趣味が近い方の話を聞いていてつくづく思うのは、たとえ趣味が似ていても、注目するところ、視点は微妙に異なるのだということです。

番組でも、最後に国鉄時代のフォント・スミ丸ゴシックが紹介されたところで、マツコさんはフォントより駅名標自体のデザインに関心があるような口ぶりだったのが興味深いところ。

 

もし、同じように文字好き・フォント好きの人を集めてまちあるきをしたとして、きっと着目するところはみんな少しずつ違うのだと思います。

(ちなみに、文字、ロゴ、フォントはそれぞれ似て非なる概念なので、「文字好きの人」と「フォント好きの人」は同じとは限りません)

 

そして、わたしにとってみれば、そんな違いが生まれること自体が、とても楽しい。

 

ひとりひとりの「視点」のちがいを考えるの記事で書いたとおり、たとえとなりどうしに並んでいても、同じ視点は存在しません。

違いがあることで、争いが生まれることも世の中にはあるけれど。

ある程度の共通基盤をもった中であれば、違いこそ、お互いの個性として楽しむことができます。

 

「わかる」は「分かる」と書くように、分類することで世界を細かく見ていく方法。

そうやって分かれた世界も、遠くから見れば、モザイク画のようにひとつの大きな絵になる。

 

分かれて、またまじり合う。

 

そんな、ふたつの視点を合わせもつことが、「わかりあう」ということなのかもしれません。

 

 

藤森照信展 – 自然を生かした建築と路上観察

まちなかのあらゆるものを観察の対象とする「路上観察学会」。

赤瀬川原平さんとともに路上観察学会の発起人となった一人に、建築家の藤森照信さんがいます。

その藤森さんの手がけた建築と、路上観察学の成果が同時に楽しめる特別展が、茨城県・水戸芸術館で2017年5月14日(日)まで開催されています。

水戸芸術館|美術|藤森照信展―自然を生かした建築と路上観察

1946年生まれの藤森照信は、高校卒業まで長野県茅野市で過ごし、東北大学、東京大学大学院に進学。近代建築史・都市史研究の第一人者として多くの業績を残したのち、45歳で神長官守矢史料館(長野県茅野市、1991年)を設計、建築家としてデビュー。以後、約25年のあいだに40余の独創的な建築作品を創り続けてきました。 …

 

最寄りの水戸駅へは東京駅、または上野駅から特急で一時間ちょっと。

駅北口のバスターミナルから出ているバスを使う場合、「泉町一丁目」で下車して北に向かいます。

周囲から浮き上がるように、特徴的な多面体の塔が現れるので、まず道に迷うことはないでしょう。

 

近付くとカメラのフレームに収めきれません。

 

展示は塔ではなく、奥の現代美術ギャラリーで行われています。エントランスホールで、入館料800円を支払います。

 

館内は10のスペースにわかれ、ジャンルごとに藤森さんの活動が紹介されていきます。

屋根にニラを植えた赤瀬川邸「ニラハウス」、粘土山を思わせる多治見市モザイクタイルミュージアムなど、人工物でありながら有機的なイメージを感じさせる藤森建築。

中でも印象的だったのは、和菓子で有名な「たねや」グループ本社に併設された「ラ コリーナ近江八幡」。

ラ コリーナ近江八幡 | たねや

周囲の水郷や緑を活かした美しい原風景の中での、人と自然がふれあう空間づくり。和・洋菓子を総合した店舗および飲食施設や各専門ショップ、農園、本社施設、従業員対象の保育施設などを設けるたねやグループの新たな拠点です。

 

 

春夏秋冬、まるで違った表情を見せる空間は、手つかずの自然とも、都会の建築とも違うもの。

たねやのお菓子も出張販売していましたが、さすがに名古屋から水戸に行って近江(滋賀)のお土産を買うのもわけがわからないのでやめました(笑)。

いずれぜひ現地に行ってみたくなったので、そのときまでお楽しみにとっておきます。

 

そして展示のラストは言わずもがな、路上観察学会。

学会員のナレーションつきで歴代の名作を一点ずつ紹介していくスライドショーは図録の付属DVDにしてほしいほど。(公式図録は未発売)

今回は、会期中に開催されたワークショップで生まれた作品も「街なか展示」として市内の各地で見ることができます。

せっかくなので、帰りはその展示場を中心に、プチ路上観察をしてみました。

 

芸術館の近くから水戸駅近くまで伸びているアーケード。親子連れのピクトさんがかわいい。

地面に視線を落とすと、その屋根が正弦波(サインカーブ)を映し出しています。

なかなか危険なパイロン。どうしてずらして置いておくのか。

 

定番のマンホールは、やはりご当地・偕楽園をイメージした梅のデザイン。背景が赤色のものもきれいですね。

こちらは公式キャラクターのみとちゃん。この頭はねばねばしそう…。

 

梅の季節は過ぎていましたが、桜は折しも見頃。

茨城県三の丸庁舎。近代建築らしい威容を誇ります。

1Fの街なか展示は休日でも見ることが可能です。

 

駅北口までもどってきました。やけに下車を推す貼り紙。ちょっとテトリスっぽい。

 

ということで、水戸のまちあるきも楽しみつつの藤森照信展でした。

 

しかし、やはり水戸は遠い…。

そんな想いをお持ちの、とくに西日本にお住まいの方に朗報です。

こちらの展示、2017年9月29日(金)から広島市現代美術館での巡回が決定しています。

藤森照信展 自然を生かした建築と路上観察 | 広島市現代美術館

公立では全国初の現代美術を専門に扱う美術館として、現代美術の作品を収集、紹介している広島市現代美術館のウェブサイトです。

 

広島市現代美術館も市街から少し離れた山あいにあり、黒川紀章設計の建築と自然が同時に楽しめておすすめです。

藤森照信展の前には世界平和記念聖堂を設計した「村野藤吾の建築」展もありますよ!

と、思わず最後は広島偏愛シリーズになってしまったことをお詫びします。

 

 

紙のまにまに – 「印刷書体のできるまで」展と紙博

今日も日本各地のどこかで、文字や紙にまつわるさまざまな催しが行われています。

今回は、東京のふたつのイベントをご紹介します。

 

まずは、以前の記事でも紹介した印刷博物館で2017年6月18日まで開催されている「印刷書体のできるまで」展。

印刷博物館:P&Pギャラリー > 印刷書体のできるまで 活字書体からデジタルフォントへ

HOME > 展示案内 > P&Pギャラリー > 印刷書体のできるまで 活字書体からデジタルフォントへ

 

運良く、まだ桜が咲き残る時季に行くことができました。

 

今回の展示では、活版印刷の時代から受け継がれた凸版書体をもとに新しくつくられた凸版文久体の制作過程が明らかに。

制作を監修された小宮山博史さん、祖父江慎さんのノートも公開されています。

凸版文久見出し明朝のイメージは「しとやか姉さん」だったそう(笑)。

祖父江さん直筆イラストもかわいいのですが、残念ながら展示は撮影禁止のため、気になる方はぜひ会場へ足をお運びください。

またミュージアムショップでは、さまざまなフォントを百人一首のようにかるたでおぼえて楽しめる「フォントかるた」も期間限定で販売中です。

フォントかるた

君は文字を見ただけでフォントの名前がわかるか!? 解説つきフォントかるた!

品薄になることがあるそうなので、確実に手に入れたい場合は公式Twitterを事前にチェックしておきましょう。

 

さて、前回は飯田橋のほうから訪れたので、今回は神楽坂方面へ歩いてみます。

印刷博物館も凸版印刷の小石川ビル内にあるのですが、周辺にも印刷や出版にまつわる会社が多くあります。

出版物を出版社から書店に受けわたす取次として有名なトーハン。

孔版というのはスクリーン印刷ともよばれるもので、細かい穴(孔)のある版からインクをにじませて印刷する手法のこと。

入口にも箔押し! かつてない特殊印刷まちあるきが楽しめる界隈です。

こちらは京都タイポさんぽでも頻出のDF隷書体。みっつの文字、それぞれの要素がここちよく共鳴しています。

 

神楽坂まで来ました。新潮文庫の看板が目を惹く、なつかしい街の本屋さんに見えて、中に入るとカフェが併設された新業態の書店・かもめブックス

かもめブックス

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そんなかもめブックスを運営するのが、校正専門の鷗来堂。「鴎」ではなく印刷標準字体の「鷗」なのですね。

近くには本好きの憧れ、新潮社の本社も! おなじみの明朝体ロゴにふさわしい風格の建物が素敵です。

 

さて次は、2017年4月15日(土)・4月16日(日)と浅草で開催されていた、紙ものにまつわるクリエーター・ショップが集う「紙博」です。

紙博 |

ざらざら、つるつるといった触り心地。印刷したての用紙や、それに染み込んだインクの匂い。手にした時に、ほのかに感じる重さとぬくもり。紙にしか存在しない、五感に訴えかける魅力が、そこにあるからかもしれません。一本の線が描かれた時、デザインが施された時、ただの真っ白な紙が、暮らしに彩りを与えるアイテムに変わる、その魔法のような姿に心がときめくからかもしれません。

主催する手紙社さんのホームページで知り訪れたのですが、ブースによっては近付くのも難しいほどの盛況に驚きました。

すれ違った人の「みんな紙に飢えてる」という会話が妙に耳に残っています(笑)。

ステージイベントでは、ちょうどタイミングよく祖父江さんを遠目ながらも拝見することができました。

来場者プレゼントとして、紙の切れ端を自由に選んで持ち帰ることができるコーナーも。

なにかに有効活用したい…!

 

まだまだ果てしなくひろがる、紙と印刷の世界を存分に味わった週末でした。