街をゆく人々の足跡を感じる – ストリート・ウォッチング

路上観察の目をもって街へ出れば、あらゆるものが観察の対象として楽しむことができます。

でも、街にあるのはモノだけではありません。

街を行き交う人々にまで目を向けて、まちあるきを楽しめる本が、こちら。

 

たとえば、ぽかぽかした陽気の日。

ふかふかした芝生の上で、ゆるやかな傾斜のついた河原で、ついリラックスして寝転んでしまう人々の姿。

 

あるいは、にぎやかな休日のメインストリート。

路上ライブがはじまり、道行く人が足を止め、いつとはなしに人だかりができる。

 

街と人が相乗効果をもって、刻一刻と変わる風景が生み出されていきます。

 

そんな人によって生み出される街の風景のひとつに、行列があります。

流行のお店や老舗のお店の前にできる、楽しみを待つ行列があるいっぽうで、駅のホームやスーパー・コンビニのレジ前のように、並ばざるをえない行列もあります。

わたしはどちらにせよ行列がとても苦手なのですが、視点を変えて、行列に並ぶ人自体を観察することで、客観的な気持ちになることができます。

同じように時計を見てイライラしている人、スマートフォンなどで時間をつぶす人…。

まだしも、通勤でいつも使う駅やなじみのお店であれば、どこに並べば良いか見当がつくものですが、はじめての場所では、勝手がわからなくて余計にイライラするもの。

そんなときも、地元の人であろう周囲を冷静に観察することで、行列にうまく対処するコツが見つかるかもしれません。

 

そもそも、行列があると並んでしまう、というのも人の心理学的な行動ですね。

まわりの人の動作につられてしまう「同調現象」「同調行動」について、この本でもいくつか触れられていますが、有名なものに路上観察学会の「御所の細道」があります。

京都御所を取り囲む京都御苑の砂利道に、うっすらとできた一本の道。

御苑内を自転車で通る人々が、同じところを通るために自然にできた跡だといいます。

 

路上観察から、やがて人間観察につながる。

まちあるきの楽しみは、さらにひろがります。

 

 

タイトルがものを言う – 赤瀬川原平「老人力」

赤瀬川原平さんの生涯最大のベストセラーとなった著作に「老人力」があります。

さて問題は、このタイトルです。

 

老人力とは、路上観察学会で生まれた(発見された)ことば。

物忘れがひどくなったり、ものの名前がとっさに出てこなくなった赤瀬川さんに対して、歳をとったというかわりに「老人力がついてきた」という言われ方をしたのがはじまりだそうです。

つまり、赤瀬川さんらしく、普通はネガティブにとらえられるものに着目して、そのマイナスのパワー、つかみどころのない視点を楽しむのが本来の用法でした。

ところが、時は20世紀末。

この端的なことばをタイトルとして雑誌連載がはじまり、一冊の本として世に出たとたん、老人力というのを「まだまだ若い者には負けない」という、最初からポジティブなイメージで誤解する人が続出。

それもあってか、またたく間に流行語、ベストセラーとなりました。

わたし自身、当時は赤瀬川原平さんの名前も意識していなかったこともあり、タイトルだけで「自分には関係のない本」と判断してしまっていました。

本来の意味を知ったのは、ずっと後のこと。

 

けれど、同じようなことは、いまだって、誰にだってあるでしょう。

 

本屋さんの棚に並んだ本のタイトルだけをちらっと見て、内容を誤解したり。

SNSに流れてきたニュースやブログ記事のタイトルだけで、本文も読まずに善し悪しを判断してしまったり。

 

それは、人が文章を読むとき、その書き手の想いをそのまま受け取るのではなく、実は自分自身の経験、価値観と照らし合わせて読んでしまっているから。

ピエール・バイヤールの「読んでいない本について堂々と語る方法」では、読者それぞれに、もともとの本とは異なる「内なる書物」が生まれると表現されています。

 

つまり、赤瀬川原平の「老人力」という一冊の本を取り巻き、読んだ人、果ては読んでいない人それぞれに、異なる視点の「老人力」という本があることになります。

 

ここまで考えると、もともとの「老人力」という言葉の持っていたつかみどころのなさにつながってくるような気もします。

 

けれど、あるいはそれも、赤瀬川さんの想定した世界かもしれません。

蟹缶を裏表さかさまにして再封し、全宇宙を蟹缶の中に閉じ込めた「宇宙の缶詰」という作品のように。

タイトルだけで語られる本の外側も、裏返せば、本の内容のひとつなのです。

 

藤森照信展 – 自然を生かした建築と路上観察

まちなかのあらゆるものを観察の対象とする「路上観察学会」。

赤瀬川原平さんとともに路上観察学会の発起人となった一人に、建築家の藤森照信さんがいます。

その藤森さんの手がけた建築と、路上観察学の成果が同時に楽しめる特別展が、茨城県・水戸芸術館で2017年5月14日(日)まで開催されています。

水戸芸術館|美術|藤森照信展―自然を生かした建築と路上観察

1946年生まれの藤森照信は、高校卒業まで長野県茅野市で過ごし、東北大学、東京大学大学院に進学。近代建築史・都市史研究の第一人者として多くの業績を残したのち、45歳で神長官守矢史料館(長野県茅野市、1991年)を設計、建築家としてデビュー。以後、約25年のあいだに40余の独創的な建築作品を創り続けてきました。 …

 

最寄りの水戸駅へは東京駅、または上野駅から特急で一時間ちょっと。

駅北口のバスターミナルから出ているバスを使う場合、「泉町一丁目」で下車して北に向かいます。

周囲から浮き上がるように、特徴的な多面体の塔が現れるので、まず道に迷うことはないでしょう。

 

近付くとカメラのフレームに収めきれません。

 

展示は塔ではなく、奥の現代美術ギャラリーで行われています。エントランスホールで、入館料800円を支払います。

 

館内は10のスペースにわかれ、ジャンルごとに藤森さんの活動が紹介されていきます。

屋根にニラを植えた赤瀬川邸「ニラハウス」、粘土山を思わせる多治見市モザイクタイルミュージアムなど、人工物でありながら有機的なイメージを感じさせる藤森建築。

中でも印象的だったのは、和菓子で有名な「たねや」グループ本社に併設された「ラ コリーナ近江八幡」。

ラ コリーナ近江八幡 | たねや

周囲の水郷や緑を活かした美しい原風景の中での、人と自然がふれあう空間づくり。和・洋菓子を総合した店舗および飲食施設や各専門ショップ、農園、本社施設、従業員対象の保育施設などを設けるたねやグループの新たな拠点です。

 

 

春夏秋冬、まるで違った表情を見せる空間は、手つかずの自然とも、都会の建築とも違うもの。

たねやのお菓子も出張販売していましたが、さすがに名古屋から水戸に行って近江(滋賀)のお土産を買うのもわけがわからないのでやめました(笑)。

いずれぜひ現地に行ってみたくなったので、そのときまでお楽しみにとっておきます。

 

そして展示のラストは言わずもがな、路上観察学会。

学会員のナレーションつきで歴代の名作を一点ずつ紹介していくスライドショーは図録の付属DVDにしてほしいほど。(公式図録は未発売)

今回は、会期中に開催されたワークショップで生まれた作品も「街なか展示」として市内の各地で見ることができます。

せっかくなので、帰りはその展示場を中心に、プチ路上観察をしてみました。

 

芸術館の近くから水戸駅近くまで伸びているアーケード。親子連れのピクトさんがかわいい。

地面に視線を落とすと、その屋根が正弦波(サインカーブ)を映し出しています。

なかなか危険なパイロン。どうしてずらして置いておくのか。

 

定番のマンホールは、やはりご当地・偕楽園をイメージした梅のデザイン。背景が赤色のものもきれいですね。

こちらは公式キャラクターのみとちゃん。この頭はねばねばしそう…。

 

梅の季節は過ぎていましたが、桜は折しも見頃。

茨城県三の丸庁舎。近代建築らしい威容を誇ります。

1Fの街なか展示は休日でも見ることが可能です。

 

駅北口までもどってきました。やけに下車を推す貼り紙。ちょっとテトリスっぽい。

 

ということで、水戸のまちあるきも楽しみつつの藤森照信展でした。

 

しかし、やはり水戸は遠い…。

そんな想いをお持ちの、とくに西日本にお住まいの方に朗報です。

こちらの展示、2017年9月29日(金)から広島市現代美術館での巡回が決定しています。

藤森照信展 自然を生かした建築と路上観察 | 広島市現代美術館

公立では全国初の現代美術を専門に扱う美術館として、現代美術の作品を収集、紹介している広島市現代美術館のウェブサイトです。

 

広島市現代美術館も市街から少し離れた山あいにあり、黒川紀章設計の建築と自然が同時に楽しめておすすめです。

藤森照信展の前には世界平和記念聖堂を設計した「村野藤吾の建築」展もありますよ!

と、思わず最後は広島偏愛シリーズになってしまったことをお詫びします。

 

 

新神戸・神戸まちあるき

今回は、少し前に訪れた神戸のまちあるき記事です。

 

スタートは山陽新幹線、新神戸駅。

まずは、そのすぐ近くにある、竹中大工道具館に向かいます。

竹中大工道具館

日本で唯一の大工道具を展示している博物館。昔の匠の技と心を伝える様々な展覧会や講演会、セミナー、体験教室などを行っています。

昨年のイケフェス大阪で御堂ビル(竹中工務店大阪本店)を見学した際、いただいた招待券の期限が今月末までだったので、ようやく訪れることができました。

 

素敵な和風建築の中に、古代の斧から現代にいたるまでの大工道具、それによって生み出されたものが詰め込まれています。

簡単な木工のワークショップも開かれています。

 

さて、大工道具館を楽しんだあとは、地下鉄の駅まで、新神戸に息づく建物をながめつつ歩きます。

直線的なロゴと、山型の白い窓枠のコントラストがかわいい「山口屋」。

「戸」の横棒がかわいい丸ゴシック。

これは宋朝体?

1972年に山陽新幹線と新神戸駅が開業し、1983年(昭和58年)に土地区画整理事業が完成。その二年後に、神戸市営地下鉄の駅が開業しています。

「新神戸」に刻まれる、昭和の記憶をたどります。

 

「ちゅうい!」というひらがな書きといい、ゆるいイラストといい、注意書きなのになんというかわいさ。

「珈琲が香る街・・・KOBE」(あえて全角)
左端の三色装テン(装飾テント)も注目です。

地下鉄の駅からして、チェックでかわいい。

矢印を白抜きにして地を活かすデザイン。フォントは、あまり自信がないですがマティス新ゴでしょうか。

 

地下鉄で三宮まで。商店街の一角で、NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」とコラボした、神戸別品博覧会が開催されていました。

神戸別品博覧会

神戸の企業×クリエイターが別品を生み出すコラボレーションプロジェクト、神戸別品博覧会

商店街の反対側から出ると、内装からは想像もつかない、こんな建物でした。

 

神戸の街に置かれると、パイロンまでおしゃれに見えてきます。親子で仲良くおでかけしているようです。

 

最後は、JR西日本神戸駅へ。地下鉄のハーバーランド駅、高速神戸駅とも隣接していて、神戸の街に慣れていない身としては、なかなかややこしい。

みなとまちまで歩きます。

ホームセンターコーナンが熱烈歓迎。これもインバウンド需要なのでしょうか。

船のマストとクレーンの相似が美しい。

 

今回のもうひとつの目的、神戸ポートタワーが見えてきました。

実は新神戸駅より歴史が古く、1963年竣工ということですが、赤と白の、編み物のような造型はいまでも新しさを感じます。

 

でも、ちゃんと昭和を感じるところはありました!

上階の展望台への入場料は、おとな700円。

神戸モザイクの観覧車とクレーン。夜景も綺麗でしょうね。

ポートタワー周辺の建物もなかなかおもしろく、探索すると時間を忘れてしまいそうです。

 

まさに、ふるさとあたらしさが交錯する、シン・神戸まちあるきでした。

ひとをまねく、ねこのまち – 常滑まちあるき

名古屋から、名鉄特急で30分。

中部国際空港セントレアを臨む、伊勢湾に面したまち、常滑(とこなめ)。

常滑焼や、招き猫の生産で有名ということは知っていながら、なかなか訪れる機会がなかったこのまちに、今回は足を運んできました。

そこは想像以上に、招き猫と驚きのあふれるまちでした。

 

まずは、名鉄常滑駅から東へ。

坂の下に、ずらりと常滑焼のモニュメントが並んだ「とこなめ招き猫通り」。

ひとつひとつ、違ったご利益のある招き猫だそうです。

プレートを見ながら歩くのはもちろん、見ずに御利益を想像するのも楽しい。

こちらは「晴天祈願」だそうで。晴れてほしい日に、お守りとしてスマートフォンの待ち受けにしたい(笑)。

 

そのまま歩くと、陶磁器会館の建物が見えてきます。

中で、常滑焼やお土産を買うことができます。となりには喫茶店も。

 

ここから坂をのぼった先は、工房やギャラリーが立ち並ぶ「やきもの散歩道」として整備されています。

名古屋芸大の常滑工房、という看板がちょっと気になりましたが、中に入れるのかは不明。

 

路地の風景は、香川の小豆島にある「迷路のまち」にもちょっと似ています。

似ているようで違うのは、こちらにはそこかしこに招き猫がいること。

招き猫と「あとしまつ」立て看板の共演でテンションが上がるのは、わたしだけかもしれません。

お手製の「あとしまつ」看板も。

おや、この猫型ピクトさん(ピクトニャン)は…?

 

出ました!

日本各地の珍風景を集大成した雑誌「ワンダーJAPAN」の表紙を飾ったこともある、巨大招き猫「とこにゃん」。

 

実物を見ると、その存在感に圧倒されます。

あれ、手前に猫がいる…? と思ったら、よく見ると、これも作り物。

 

やきもの散歩道を普通に散策するだけでも楽しいですが、「凪の渡し場」的にはもちろん、まちの魅力は、それだけではありません。

地元民にはおなじみ「とこなめ競艇」(現・ボートレース常滑)の真っ白になった看板。

 

旧常滑市役所の建物を活用しているらしい、中央商店街の事務所。

この路地にも、招き猫のやきものがあちこちにあります。

 

もちろん、良い文字もたくさんあるので、タイポさんぽにもうってつけ。

新しい建物ですが、流れる水のロゴがかわいい、アグリス(JAあいち知多)

 

そんなふうにまちあるきを楽しんでいると、あっという間に日が暮れてゆきました。

これだけの招き猫のあるまち。人も招かれ、福も招かれてゆくことを願ってやみません。